1.五弦琵琶のサイズと形

図1

1.五弦琵琶のサイズと形

五弦琵琶の楽器のサイズは一定ではない。高い声の女性向けのものは約30cm、長さ90cmほどである(天神(糸蔵)の先から測った長さ。
図1-A参照)が、声の低い男性用のものは幅約35cm、長さは約105cmである。
楽器は3つの部分に分けられる。1.共鳴胴(本体:腹板と胴) 2.棹 3.天神 である。

図2

また腹板の上に二つの「半月」と呼ばれる三日月形の穴(響孔)が空いている。響孔は多少の形の違いはあれすべての琵琶についているが、穴といっても細い隙間程度である。
響孔で最も重要なのは「覆手」(ふくじゅ)と呼ばれる緒止めの下に隠れている「隠月」(いんげつ)である(半月に対して満月と呼ばれることもある)。(図2-A参照)

本体の主要な部分の材として尊重されているのは桑であるが、なかでも古木で硬いものが最良とされている。他のすべてのタイプの琵琶と大きく異なるのは、腹板(音響板)は柔らかい桐材をくりぬいて作られるということである。他に、「半月」と「猪目」(弦を通す穴)の周辺の装飾には、たいてい象牙が使われる。(図2-B参照)
5個の柱の上部には燻して硬化させた竹(煤竹)の板が使われるが、それがあるため、この楽器独特の弦の響、つまり「サワリ」と呼ばれる音が出るのである。「サワリ」はくぐもったやや鼻声のような音質でなければならない。

図3

どの演奏者にも自身の声質との関連で理想とする音がある。演奏者は、自身の「サワリ」に対してどれほどこだわっているかが期待されるが、「サワリ」はかすかにカーブを描いた竹の上面に正確にごく浅く削られた切り込みによって生み出される(竹板の上部の暗褐色の部分が「サワリ」を生む所である)。(図3参照)
ほとんどの琵琶奏者は、琵琶制作者に「サワリ」のための切り込みを入れるよう依頼するが、これは非常に繊細な作業であり、また費用のかかるものである。というのは良い煤竹は高価であるうえに、まっすぐなノミで一気に切り込みを入れるのはかなり困難だからである。
柱は棹に接着剤で固定されているが、楽器を正しく扱わなかった場合は容易にはずれる。棹に柱を立て直すのは、4度や5度という音程を合わせれば簡単にできるが、一番目の柱だけは特別な位置に置く(下の議論参照)。
5本の糸巻は、楽器本体とは異なる材で作られることがある。とりわけ、糸巻は非常に硬くなければならない。糸巻が壊れたらその場ですぐに直すことができないため、演奏が中断されるからである。糸巻を「天神」(糸蔵)の穴にぴったり合わせるのにも神経を使う。糸巻が緩みやすければ調弦に時間がかかって演奏をぶちこわしてしまうし、糸巻が固すぎても調弦が困難である。

図4

撥(図4参照)にもさまざまな材が用いられるが、「先」(弦が当たる部分)が柘植でできていることだけが重要である。
もう一つ重要なのは撥の重さである。琵琶制作者は、演奏者の体重や身長などに合わせてどの程度の重さがよいかを経験から知っている(象牙の撥もあるが、硬く鋭い音が出るため、女性の大変明るい声質にのみ合うようだ)。
弦は絹でできているため耐久性が低い。とりわけ最高音の弦(五の糸)は切れやすい。どんな楽器でも弦の長さは一定であるが、五本の弦の太さはそれぞれ異なる。旋律弦である五の糸は演奏者の声質と関連がある。女性の高い声ややや小ぶりな楽器には細い糸が使われ、男性の低い声には太い糸が用いられる。演奏者はそれぞれ好みの音高に合わせる。
声の高いテナーの人は一の糸にAまたはBを選び、バリトンの人は
A♭を選ぶ(ちなみに本書の企画者の調弦はA♭、E♭、A♭、B♭、e♭である)。

2.調弦および
柱の間隔と呼称

図5

用語の統一のため、以下では、平野健次他監修『日本音楽大事典』(1989)の琵琶の項にある相対的音高の呼称にしたがうことにする。
一の糸と三の糸は太さが異なるが、同じ音高に調弦する。音質が違っているからである。三の糸より太く音量も大きい一の糸は、通常開放弦として弾くことが多く、打楽器のような特徴がある。
旋律がeの音高より上の音域にある場合、たいてい三の糸あるいは四の糸が用いられ、五の糸はそれ以上の高音に用いられる。三味線文化とは異なり、筑前琵琶においては曲によって違った調弦をすることはないのである。
弦に特別な名称はないが、5個の柱には盲僧琵琶から引き継いだ五行説(全てのものは、木、火、土、金、水という5つの要素で構成されているという古代中国の思想)に基づく名前がついている。
1.木  2.火  3.土  4.金  5.水

ただし、盲僧琵琶においては弦に名前がついている。盲僧によれば、自分たちの楽器(盲僧琵琶)は、世界のすべて、森羅万象を表しているという。盲僧琵琶のなかにはほかの楽器のように、腹板の上の響孔が二つの半月ではなく、月と太陽のものがある。月は響孔であるが、太陽は単なる絵柄である。このように、日月に象徴される盲僧琵琶の世界観をより完璧なものとするために一の糸から四の糸に四季の名がつけられているのである。
琵琶の柱は箏と違って弦に触れていない。柱は音程の目安である。音を出すときはたいてい柱の真上を避け、柱の近くで弦を深く押さえ右手で弾く。先に簡単に述べたように第1の柱「木」の位置には問題がある。『日本音楽大事典』に書かれている柱の間隔についての記述は正確でない。というのは第1の柱は必ず棹の上のやや低すぎると思われるような位置に立てなければならないのである。これは間違いではなく、音楽的な意味からくるものである。
第1の柱は合いの手の演奏にはほとんど使われることがない。第1の柱の上で音を出す必要があるなら(譜面上では三の糸から始まるe)、演奏者は正確な音高を得るために人差し指の圧を使わなければならない。そうすることによってほかの音よりも微妙な色合いが出るのである。なぜわざわざこのようなことをするのだろうか。すべての合いの手を分析してみると、第1の柱「木」の上で作られる音はほかの音より表情豊かであることがわかる。合いの手ではこの音が多用される。ここで作られる音は例えば三の糸の柱「金」の上で出す音とは理論的には同じ音高であるが、四の糸の「木」のほうは指の圧を弱くすると微妙に低い音になる。つまり弦の振動が細かくなるため、より複雑な響きが出て、独特の色合い(音色)を帯びるのである。西洋音楽の絶対音高という概念では説明できない音が生まれるが、これが音色を重視する日本音楽に共通する特徴だと言えよう。
このことから、楽器の構造と音楽には密接なつながりがあることがあきらかになろう。筑前琵琶のための曲は、筑前琵琶という楽器以外のどんな楽器でも演奏できないのである。

3.演奏技術

伝統的に正しいとされる演奏姿勢は正座である。演奏においてこの姿勢に慣れてきたら、長時間座ると足が痛くなるのは別として、正座の利点を感じることと思う。
正座は胸を使わない腹式呼吸に最適な姿勢である。正座をすると息が体を貫いて通るため、無理なくしっかりした声を長時間出すことができるようになり、それが発声の基礎であると実感するはずである。
踵の上に尻をのせて肩の力を抜くと腕が自由に使えるようになる。とりわけ、楽器全体で音を出して重要な箇所にアクセントをつけるためには、右手が自由に動かなければならないのである。
既に述べたとおり、一の糸はそれを押さえて音を出すことがないため打楽器のような性格を持っている。一の糸の開放弦の音は演奏への導入の働きをする。山崎旭萃は「開一」という代表的な前奏をいつも一の糸の開放弦を強く打ち鳴らすことで弾き始めていた。聞く人にとっては、この音によって突如として琵琶演奏の世界へと引き込まれるかのような印象を受けるのである。この開放弦を一度だけ打ち鳴らす奏法は橘会の会員たちに好まれて、今ではそれがほとんど会の正統となってしまっている。
既に述べたとおり、筑前琵琶には「上へ」(琵)と「下へ」(琶)の二つの弾き方がある(少なくとも琵琶という語源の説明で最も一般的なものである)。撥は、右手親指が撥の弦に当たる「先」に近づけて握る。つまり、自分の「親指の延長」で弦に触っているような感覚が得られるため重要である。

左手は棹を包み込むように支えるが、音を出すときは指で柱の端のやや上のあたりで弦を押さえ込む。柱そのものの上で弦を押さえると「サワリ」の響きが出ないうえ、修正できない(『音楽大事典』第4巻のp.2025の図は間違っている)。筑前琵琶の柱の高さは大変高く、指の圧で音高に変化をつけやすい。柱に高さがあるため、旋律弦(五の糸)を指で強く押せば五度上の音を出すことも可能となる。
琵琶という楽器には5個の柱しかなく、指を柱の真上で(弦が柱に触るまで押さえて)弾くとわずか5つの音高しか出ないため、多様な音を得るためには柱から少しはずれたところを指で「押さえ込む」技術が絶対に必要である。微妙な音高の違いを表現するこの技術は、三味線を真似るために柱を高くした盲僧たちの功績である。
指の押さえ方次第で、半音だけでなく四分の一音のような微妙な音などさまざまな音高を出すことができる。すなわち筑前琵琶の音楽において、半音は色彩を豊かにするのである。たとえば「苦しみ」の半音(やや低すぎる半音)や「大胆な」半音(少し緊張があり高すぎる半音)などがある。こうした微妙な点について師匠ははっきりとは教えないが、弟子がそうした音を出すと褒めてもらえるものである。
音高は指の圧によって正確に決まるが、ゆっくりと圧力を加えたり緩めたりすることによって上下に揺れる小さなグリッサンドを出すこともできるのである。
さらに筑前琵琶の演奏技術は三味線演奏技術の要素を取り入れることによって豊かになった。柔らかく響く音を出すために、柱の上で細かい装飾音を入れたり弦をはじいたり、左手の薬指で弦の響きを止めたりするというオプションのついた旋律さえある。
そのほかの特筆すべき技術としては、撥先で腹板を叩くことがある。ただ、薩摩琵琶では頻繁に腹板を叩いたり、しばしば弦を叩いたうえで腹板を叩いたりするが、それとの違いをはっきり出すために筑前琵琶ではやさしく叩かなければならない。
薩摩琵琶の技術は非常に「男性的」にみえ、刀を振り回したり銃の射撃のようにみえたりすることさえある。これに対して女性的である筑前琵琶では叩くことは優雅に行われる。いずれにしろ、純粋に叩くという筑前琵琶の奏法は疑いもなく薩摩琵琶の影響であることは忘れてはならない。

4.琵琶弾奏の弾法譜

筑前琵琶には語りのつかない器楽のためだけの曲はない。語りの間に挿入される合いの手(間奏)も、もともと独立した曲ではない。その奏法は「弾法譜」と呼ばれる器楽奏法の本に書かれているが、原則的に暗記しなければならない。詞章の書かれている楽譜には、合いの手の名前だけが記されているためである。(図6参照)
橘会の弾法に関する記譜法は古い薩摩琵琶(正派)の伝統に基づいている。図6の下段のようなタブラチュア式の記譜法であるが、偶然にも初期バロック時代のリュートの記譜法と非常に似ている。ただし、記譜の歴史において東西の交流はなかったのであるが。記譜法は演奏者のために運指法を指示することを目的としており、音の体系の論理に従ったものではない。そのため、楽器の五本の弦に相当する五本の横線が、低音の一の糸が上に来て高音の五の糸(旋律弦)が下に来るため、一見して反対のように見える。これは演奏の姿勢と関係があると説明できる。琵琶奏者は楽器を少し傾けて抱えるため、低音の一の糸が上に来て、譜面に書かれているのと全く同じに見えるのである。
撥で弾く音は黒色の長い三角形で表される。この三角形は音高だけでなく撥の使い方をも示す。三角形の真ん中が弾くべき糸を示している。図6では最初の火から水までは五の糸上で弾くが、二番目の水から四の糸で弾くことを表している。

図6:下段は弾法譜、上段はそれを五線譜で表したもの

三角形が細く下を向いていれば上から下に弾く(「ひく」と呼ばれる)のであり、上を向いていれば、下から上へ弾く(「はじく」と呼ばれる)のである。木火土金水の漢字は柱を示している。白い三角形は開放弦を弾く記号である。
どの音が半音あるいは全音上がるかは音の配列における重要度による。半音または全音を上げることは三角の上に記された点で表す。点が一つなら半音、点が二つなら全音あるいは短三度上げることを意味し、点が三つなら長三度上げることを意味する。
ただし半音または全音上げるのは弦上の指の位置ではなく、指の圧によって行う。図6の「菖蒲」の合いの手を例にとれば、五の糸を火の柱のところで押さえてd’の音を弾く。次の土の柱のところでe’の音を弾き、指の圧によってf’を出す。最後の白い三角形のところで一の糸の開放弦eを弾くのである。

音の長さは、三角と三角の間の幅で表される。口頭での指導は合いの手のリズム感を把握するために必要である。音の長さは正確には決められていない。音高が非常に正確に決まっているのとは対照的に、音価は演奏者や演奏者のその時の気分によって変わる。例えば、筑前琵琶の奏者は二連符と三連符のリズムの違いを区別しないため、弾法譜がそうした区別を表さないのも当然なのである。

5.歌唱部分の記譜法

図7『熊谷と敦盛』、4行目・図8『熊谷と敦盛』4行目の採譜

詞章は七五調の句が標準で、上下に1行ずつ書かれる。最初と最後のページを除いて、1ページに上下2段にわたって12行書かれる。図7にあげた例は、『熊谷と敦盛』の4行目「夢よりもなお儚なけれ」の部分である。句の最初の文字の上に書かれた漢数字が歌い出しの音高を示す。図7では五(a’)で歌い始める。旋律の音高は漢数字で詞章の右横に示される。図7では、四=金 (f#’)、三=土(e’) が用いられている。
重要なのは、歌唱部分の旋律の流れを考え、どのように一つの音から次の音に移るかである。弾法譜では三角形や線や点でおおよその輪郭が示されるが、一つの音をどの程度に伸ばし色づけするかは、演奏者による。この色づけを「節回し」と呼び、初代橘旭宗がこれを詞章の書かれた楽譜に記譜することを考案したのである。図7において、文字の横のにょろにょろとした曲線や、横に伸びる直線がそれであり、旋律の動きを示している。歌唱の行の後に合いの手が続く場合、合いの手の名前が行の末尾の左に示される。『熊谷と敦盛』からの引用では「開二上」であるが、これは「開二」という合いの手の前半部分(上)を弾くという指示を表す。(詳しくは7.節参照

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