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曲垣平九郎

解説

講談に『寛永三馬術』という人気作があり、作中で三人の馬術名人が登場する。中でも重要なのが曲垣平九郎で、徳川家光(1604-1651)に命じられ、愛宕神社への急な階段を馬に乗ったまま見事にのぼりつめるほか、全編の軸となって縦横に活躍する。本曲はその曲垣平九郎の姿を描いた作である。
なお『寛永三馬術』は、明治期以降の講談ではしきりに上演されているものの、江戸時代の文献にさかのぼることができるかどうかは未詳。曲垣が歴史上に実在したか否かも未詳である。
伝えられるところによれば家光は冷酷な性格だったという。家光は殉死制度を容認していたため、彼の死後13人の配下が後を追ったというが、次の代の家綱はこれを嫌い廃止した。鎖国制度が始まったのも家光の代であり、キリスト教禁止令も強化された。多くのキリシタンがかかわった島原の乱(1637-38)でおよそ37000人が彼の命によって虐殺されたように、この時代に徳川幕府の冷酷で容赦ない一面を見ることができる。それでも文学の世界では、家光は伝統的に名君として扱われているのである。

参考文献

『近世実録全書』第11巻 早稲田大学出版部 1928
『寛永三馬術』(講談名作文庫) 講談社 1976
吉沢英明『講談作品事典』 私家版 2008

あらすじ

戦乱も治まり、徳川も三代目の世となった。若く気鋭の将軍家光は、三百余の諸侯を引き連れて増上寺より帰る折、愛宕山に通りかかった。ふと見上げるとそそり立つ石段に桜の枝が垂れて、えもいわれぬ風情であった。何を思ったか家光は「あの枝を取ってまいれ」と諸侯に命じた。そこに居並ぶ人たちはみな、主の戯れに命を落とすなどあまりに惜しいことと誰も返事をしなかった。家光は「さあ、早く」と急きたてた。主の命ならば仕方がないと伊勢藤堂家の馬術指南、山本右京が名乗り出た。馬の手綱を引き締めて掛け声かけてのぼったが、二十段余りのところで転げ落ち、次に名乗り出た秋田佐竹家の鳥居喜一郎も石段半ばで崩れ落ちた。家光はついに怒りだし「ならば自分で」と言い出した。ご意見番の大久保彦左がこれを諌め、殿にかわって老いた自分がと申し出た。とそこへ、讃岐の曲垣平九郎という者が進み出て、陪臣の身ながら務めたいと彦左に取次を願った。家光は喜び、武道に上下はない、早く行けと促した。平九郎は馬をみごとにさばき、蹄の音を響かせていった。石段半ばを過ぎたころ、馬上から姿が見えなくなった。これこそ曲垣の霞隠れの秘術であった。馬は歩みを乱さず登っていったが桜の木に近づくと、平九郎はふたたび姿を現し一枝を折って襟に挿し、愛宕山上に降り立った。固唾を呑んで見守っていた一同はやんやの喝采を挙げ、家光は平九郎を日本一の馬術者と讃えたのであった。

間垣平九郎像(月岡芳年 画)

  • 詞章
  • 現代語訳
  1. より乱に入り
  2. 乱より に入り
  3. ゲン テン ショウ も夢と過ぎ
  4. 世は寛永の春風や
  5. 身は柳営の しう として
  6. 威武八 こう 耀 かゞや きし
  7. 年少気鋭の家光は
  8. 三百諸侯を引 なし
  9. 鞭声 ベンセイ いとも しゅく しゅく
  10. サン エン ザン のかへるさに
  11. 仰ぐ 愛宕 アタゴ の山ざくら
  12. 高く そば 磴道 きざはし
  13. 上に かざ せる と枝は
  14. 花の風情もいと たえ
  15. にく くぞ見えにける
  16. に思ひけん家光は
  17. ぞある馬にて
  18. 此の石段を駆け のぼ
  19. あの枝取って参れよと
  20. 仰せに ナミ る諸大名
  21. 従ふ譜代の旗本も
  22. 互に顔を見合せて
  23. 弓矢の うち に死すならば
  24. カネ て覚悟の事なれど
  25. カカ ざれ なる言の葉に
  26. 捨てん命の惜まれて
  27. とみ 返辞 いらえ もなさゞりき
  28. 家光こゝろ せき 立てゝ
  29. 如何 イカ に如何にと うなが せば
  30. 台命 たいめい 今は是非もなく
  31. つこ ふる しう の面目に
  32. 吾れ ツカマツ らんと立出づるは
  33. 伊勢藤堂の馬術指南
  34. 山本右京忠重なり
  35. 駒の手綱を引締めて
  36. はいよはいよと勇ましく
  37. 二十余段 のぼ りしとき
  38. 馬は 前肢 まえあし 踏みはづし
  39. どうと バカ りに落ちにけり
  40. 続いて マカ り出でたるは
  41. 秋田佐竹に知られたる
  42. 鳥居喜一郎重房なり
  43. 腕に覚えの ムチ を揚げ
  44. どうどうどうと駆け のぼ
  45. コレ は如何にと見る うち
  46. 石段 半途 なかば に崩れ落つ
  47. 家光 かっ と怒らせ給ひ
  48. いで此の上は みづか らが
  49. 武門の 冥加 ミョウガ のぼ らんと
  50. ハヤ らせ給ふを大久保は
  51. 馬前にハタと立 ふさ がり
  52. 千金の子は いち に死せず
  53. 必ず短慮な タマ ひそ
  54. れ老ひたりと申せども
  55. きみ に代って ツカマツ らんと
  1. 急ぎ 凖備 ようい ぞなしたりける
  2. 此時馬前に駆け でしは
  3. 三十路 みそぢ に余る武士一人ヒトリ
  4. 赤心 まごころ おもて にあらはして
  5. 彦左が前に申すやう
  6. それがし こそは さん 州の
  7. 生駒 将監 ショウゲン が家臣なる
  8. ガキ 平九郎 盛澄 モリズミ なり
  9. 陪臣 ばいしん の身の恐れながら
  10. おゝ せを果し候べし
  11. かみ へ御 取計 トリハカラ ひ願はんと
  12. 聞くより家光喜びて
  13. 武道に 上下 じょうげ の隔てなし
  14. つかまつ れと仰せける
  15. ハッと答へて盛澄は
  16. レン ゼン アシ たく ましき
  17. はや りにはやる春駒に
  18. またが りて石段の
  19. 前に二三度輪を えが
  20. 馬人 うまひと 共に幾たびか
  21. 見上げ見オロす愛宕山
  22. ぶん はよしと鞭をあげ
  23. はいどうどうの 懸声 カケゴエ
  24. ヒヅメ の響かつかつと
  25. 上へ上へと登り行く
  26. あれよあれよと見る うち
  27. 石段 半途 なかば を過ぎし時
  28. 馬上の姿見えざるは
  29. 之ぞ曲垣が秘術なる
  30. 霞がくれの いっ なり
  31. 馬は 歩調 あゆみ も乱さばこそ
  32. 次第次第に登り詰め
  33. 桜間近くなりければ
  34. 盛澄姿をあらはして
  35. 一と枝折りて えり にさし
  36. 立つや愛宕の山の上
  37. 家光始め一同は
  38. カタ を呑んで見入りしが
  39. 此の有様に思はずも
  40. どっと揚げたる トキ の声
  41. 山も ユル がん計りなり
  42. しゅん とう 馬ヲ おど ラシテ一 鞭雄 べんゆう ナリ
  43. 三百ノ諸侯夢中ニ仰グ
  44. 千古ノ絶技 タレ カ又似ン
  45. エイ 姿 颯爽 サッソウ 春風ニ 耀 かゞや
  46. 盛澄 もん とゝのへて
  47. 馬の呼吸を打 しず
  48. 坂をマワり悠々と
  49. きみ の馬前に馬を
  50. ササ げて 平伏 ひれふ しぬ
  51. 家光打見て ほゝ ぞ笑み
  52. あっぱれ 日本 にっぽん 一の馬術者と
  53. 賞讃 ほめ たゝへたる言の葉は
  54. 家の面目身の ホマ
  55. まっ かがみ と残りける
  • 1.-2.

    平和な世もやがて乱れ
    乱れた世がまた平和になる

  • 3.-10.

    戦国時代も過ぎ去って
    世は寛永の穏やかさ
    その身は幕府の主として
    威厳が広くゆきわたる
    若く才気の徳川家光
    大名たちを引き連れて
    鞭の音さえおごそかな
    増上寺からの帰り道

  • 11.-15.

    見上げる愛宕の山桜
    高くそびえる石段の
    上に張り出す一枝は
    花の様子も素晴らしく
    心を奪われそうである

  • 16.-19.

    何思ったか家光は
    「誰かおらぬか馬に乗り
    この石段を駆け上がり
    あの枝を取ってまいれ」と

  • 20.-27.

    言われて居並ぶ諸大名
    徳川譜代の旗本も
    互いに顔を見合せて
    武士がいくさで死ぬのなら
    前から覚悟しているが
    こんなふざけた命令で
    命を捨てるのは惜しく
    すぐに返事も出来はせぬ

  • 28.-30.

    家光は苛立って
    「さあさあどうだ」とせき立てる
    将軍様の御命令
    拒むことなど許されぬ

  • 31.-39.

    「わが殿の名誉のため
    自分こそが」と現れたのは
    伊勢藤堂家の馬術指南
    山本右京という侍
    馬の手綱を引き締めて
    はいよはいよと勇ましく
    二十段ほどのぼったが
    馬は前足踏みはずし
    どうと音たて落ちてゆく

  • 40.-46.

    次に現れ出てきたのは
    秋田の鳥居喜一郎
    腕に覚えの鞭を振るって
    どうどうどうとのぼってゆく
    「これはどうか」と見ていたが
    石段半ばで崩れて落ちた

  • 47.-51.

    家光ついに怒り出し
    「もうこうなったら自分でのぼり
    武道の神に祝福されよう」と
    はやるを大久保彦左衛門
    馬前にはたと立ちふさがった

  • 52.-56.

    「立派な身分のかたがたは
    軽々しくは死なぬもの
    決して短気はなりません
    年はとったがこのわたし
    上様の代わりにつとめましょう」と
    早速準備をととのえた

  • 57.-60.

    この時そこに駆けつけた
    三十あまりの一人の武士
    真心こもる顔付きで
    彦左衛門に申し出る

  • 61.-66.

    「わたくしは讃岐藩
    生駒将監の家中の者で
    曲垣平九郎と申します
    陪臣の身で恐縮ですが
    御命令を果たしましょう
    お取り次ぎを願います」と

  • 67.-69.

    聞いた家光喜んで
    「武道に身分は関係ない
    早速やれ」とおっしゃった

  • 70.-76.

    「はっ」と答えた平九郎
    はやり馬にまたがって
    石段の前で二度三度
    輪をかくように歩かせつつ
    見上げて見下ろす愛宕山

  • 77.-80.

    そろそろよしと鞭を上げ
    「はいどうどう」と声をかけると
    馬はひづめを響かせて
    上へ上へとのぼってゆく

  • 81.-85.

    あれよあれよと見ているうちに
    半分以上のぼった時
    馬上に人の姿が見えぬ
    これこそが曲垣の秘術
    霞隠れという一手

  • 86.-91.

    馬は歩みを乱さずに
    次第次第にのぼり詰め
    桜の近くになった時
    曲垣は姿を現して
    一枝折って襟にさし
    立った愛宕の山の上

  • 92.-96.

    家光始め一同は
    固唾を呑んで見入っていたが
    この様子を見て思わず知らず
    どっとあがった大きな声
    山も揺るがすほどだった

  • 97.-100.

    急な石段鞭をふり
    踊るように馬は進む
    見上げる大名夢心地
    真似のできないすごい技
    春風に映えるその姿

  • 101.-105.

    曲垣は衣服をととのえて
    馬の呼吸をしずめてから
    おんな坂を悠々くだり
    将軍の前で馬を下り
    桜をささげてひれ伏した

  • 106.-110.

    これ見て家光微笑んで
    「あっぱれ馬術日本一」と
    ほめたたえたその言葉
    家にも身にも晴れがましく
    末代までの手本となった

注釈

1,1 治…世の中が平和におさまっていること。1,2. 乱…戦乱。3. 元亀天正…戦国時代を象徴する年号。元亀は1570~1573年、天正は1573~1592年。4. 寛永…江戸時代の年号。1624~1644年。5. 柳営…幕府。6,1.威武…権威と武力。6,2. 八荒…国のすみずみまで。7. 家光…徳川家光。江戸幕府の第三代将軍。8,1. 諸侯…大名。8,2. 引具なし…引き連れて。9,1. 鞭声…鞭の音。9,2. 粛々…おごそかに。10. 三縁山…芝増上寺の山号。増上寺は徳川家の菩提寺。11. 愛宕の山ざくら…愛宕は現東京都港区芝にある山の名。山頂に愛宕神社がある。なお講談では一般に、この時手に入れるよう命じられるのは桜ではなく梅の枝である。12,1. 岨立つ…そびえ立つ。12,2. 磴道…階段。14. いと妙に…とても素晴らしく。30. 台命…将軍の命令。31. 仕ふる主の面目…自分が仕えている主君の名誉。33. 伊勢藤堂…伊勢津藩の藩主であった藤堂家。41. 秋田佐竹…出羽秋田藩の藩主であった佐竹家。49. 武門の冥加…武士として生まれた者の幸せ。50. 大久保…大久保彦左衛門(1560-1639)。家康以来の徳川家の老臣で、講談などでは将軍に苦言を呈する天下の御意見番として活躍する。52. 千金の子は市に死せず…諺。裕福な者はものごとを金の力で解決できるので死刑にならない、というのが本義だがここでは、高貴な者は軽率に危険なことをしない、の意であろう。61. 讃州…讃岐国。現在の香川県。江戸時代当初はすべて生駒家の領地であったが、寛永十七(1640)年に生駒家が改易されると、東の高松藩と西の丸亀藩とに二分された。曲垣平九郎も丸亀藩士とされることが多い。62. 生駒将監…生駒家は江戸時代初期の讃岐藩主。但し将監は生駒家の家老の名である。64. 陪臣…大名の家臣。将軍からみると、家来のそのまた家来に当たる。66. 上…将軍を指す。68. 上下の隔てなし…身分の上下は関係がない。71. 連銭葦毛…馬の毛色。「葦毛」は白地に青や黒の毛が混じったもので、そこに銭の形をした白いまだら模様があるものを言う。72. 春駒…馬。86.乱さばこそ…乱すはずがない。95. 鬨の声…本来は、戦場で開戦前に戦意高揚のために発する叫び声のことだが、ここでは単に歓声の意。97. 峻磴…けわしい階段。99. 千古ノ絶技…歴史的にすばらしいわざ。101. 衣紋…衣服。103. 女坂…おんな坂。緩急ふたつの坂がある場合の、緩やかな方。110. 末世の鑑…末代まで手本となるもの。

愛宕神社(東京都)

音楽ノート

本曲は、筋書きがわかりやすく音楽的にも洗練されているため、しばしば琵琶の演奏会で演奏される。序奏はゆったりと始まるが、家光の気まぐれな願望によって緊張が生まれる。そして弾奏のみによって初めの2人の馬術名人の悲惨な失敗が描かれるが、この箇所は音楽的に優れたものである。

徳川家光像(作者不明)

しかし、もっとも魅力的な場面は平九郎がゆっくりと階段をのぼっていくところからである。ここで素晴らしい効果を生む「丁の二」が奏でられる。この合いの手は、まず同じ音程の8つの連続音を弾き、次により高い音程の連続音を一回繰り返し、さらに一段と高い音程で繰り返す。一般的な琵琶の演奏法で音程を上げるには、右手で弦をはじく位置はそのままにして、左手の指を抑えながら上げていく。ところが本曲では、演奏者は左手で音程を上げていくと同時に、撥を持つ右手を24拍の間に次第に上へと移動させながら弦をはじき、馬と乗り手がのぼっていく様を視覚的に表現するのである。これがうまく演奏されると、眼と耳からの相乗効果によって聞き手に比類なきインパクトが与えられる。平九郎が階段の最上段に降り立った場面では、演奏者は旋律をつけないで「立つや」と叫び、その直後、一の糸が低く強く弾かれる。その後、詩吟の節回しで平九郎の偉業が讃えられ、曲はゆるやかに終結部へと向かうのである。