-
雄 図 四 海 を蓋 ひつゝ - 力は山を抜くとても
-
千々 に纏 はる運命の -
絆 切るべき太刀 はなく - 英雄あはれ三千の
- 子弟に身をば任せけり
- さても西郷隆盛は
-
征韓論を
阻 みつる -
奸臣原 を払はんと - 一万余騎を引率し
-
意気
衝 天 の勢ひにて -
鹿児島打って
出 でけるが -
戦ひすでに
数 月 に -
亘 りて味方打敗れ -
僅 かに残る三百騎 -
秋風 寒むき城山 に -
帰り
来 りて立て籠る -
此 時官軍六旅団 -
雲 霞 の如 く寄せ来つゝ -
十重 廿 重 に取囲 み - 逆賊原を打取れと
-
勢ひ
劇 しく攻めかゝる - 味方はひるまず応戦し
-
雄叫 の声喊 の声 -
天地を崩す
計 リなり - さしも劇しき戦ひを
-
余所 に見なして隆盛は -
岩窟 の中 に悠然と -
鶴 翼 魚 鱗 と陣立てゝ - 打ちつ打たれつ星の数
-
乱るゝ
碁 石 さらさらと -
零 すや菊の露ならん - やがて一紙を押のべて
-
百戦功無シ半歳ノ
間 -
首邱 幸ニ家 山 ニ返 ルコトヲ得 -
笑ウ
儂 死ニ向ッテ仙客 ノ如シ -
尽 日 洞中棋 響 閑 ナリ -
既に
其 夜 も更 けゆけば - 劇しかりける
砲 の音 -
いつしか
止 みて天 の戸に -
常 世 の雁 の鳴き渡る -
声も
幽 かに聞えつゝ -
此の世の別れと
酌 む酒の -
宴 酣 となりにけり -
さても
床 しや誰人 か -
今 宵 限りと澄み渡る -
月に向ひて
搔 き鳴らす -
手 馴 の琵琶の声きけば - 須磨の若木の桜花
-
嵐に散りし
小 敦 盛 -
互の身さへ
紅葉 の -
嵐待つ間の
命 なり -
銃 を枕に兵士 が -
仮 寝 の夢を結ぶ間も -
なくや
麓 の鶏 は -
東天紅 と告げ渡り - 雲間を漏るゝ残月の
-
影
白 み行く旗薄 -
亦 も揚がれる喊の声 - どっと山にぞ響きける
- かねて覚悟の事なれば
- 味方は何か恐るべき
-
寄せ
来 る敵を迎ひ撃ち
-
あな
心 地 よや豊 後 猪 -
打取る
様 に似たるぞや - 今を最後と戦ひて
-
薩摩
隼人 の武勇をば -
語りつがせよ
者共 と -
桐 野 は衆を励 まして -
獅子
奮迅 と荒れ廻る -
今こそ
死出 の山踏 みや -
繁 く飛び来 る弾丸に - 右に左に狼藉と
-
撃ち倒さるゝ
屍 を - 躍り越えつゝ戦へば
-
硝 煙 雲 と渦巻 きて - 山影見えずなりにけり
- 隆盛打見てほゝぞ笑み
- 敵も味方も敷島の
-
倭 男児 の勇ましさ -
君の
御稜威 を外国 に -
輝かさんはいと
易 し -
あな心地よや
村 肝 の - 心にかゝる雲もなし
-
いざ
諸共 と立上り - 岩崎谷に打向ふ
-
折しも
喇 叭 の声急に - 官軍近く迫り来て
-
篠 突 く如く打出 だす - 一弾飛んで隆盛が
-
腹をドッとぞ打
貫 きける - 血汐に草を染めなせる
-
大地に坐して
九重 の - 都の方を伏し拝み
- 時の勢ひ是非もなく
- 事を挙げつる隆盛が
-
心の底を
大君 に -
きこえ上ぐべき
由 なくて -
臣は此の世を
退 るなり -
君
万世 もましまして -
みゐづは遠く
海原 の -
外 まで照 させ給へやと -
心の
中 に念じつゝ -
やがて
傍 を振り向きて - 別府切れとぞ命じける
-
流石 に別府晋介は -
父とも師とも
仰 ぎつる - 西郷翁にあてかねて
-
刃 持つ手も打痿 へて -
腸 を断 つ憂 き思ひ -
暫時 涙に暮れけるが - 敵はいよいよ近づきぬ
- ゆるさせ給へと一刀を
- おろせば哀れ松が枝の
-
葉 末 の露と散りにけり -
孤軍奮闘
囲 ヲ破ッテ還ル -
一百ノ里程
塁壁 ノ間 -
我ガ剣ハ既ニ折レ
我 馬ハ斃 ル -
秋風 骨ヲ埋 ム故郷ノ山 -
千載 稀に世に出でし -
英雄
時 運 拙 くて -
はかなき最後を
遂 げけるも -
みたまは千代に
万代 に -
君が
御稜威 を守るらん - 君が御稜威を守るらん
-
1.-6.
大きな心は世界にはばたき
力は山を抜くほどだが
からまる糸の運命は
刀で切れるものでなく
ああ英雄も三千の
若者たちに身をまかす -
7.-12.
そもそも西郷隆盛は
征韓論をさまたげる
悪人どもを除こうと
兵一万を引き連れて
天にも届く勢いで
鹿児島を出撃したが -
13.-17.
いくさは既に数か月
味方はどうやら負け続け
わずかに残る三百騎
秋風の吹く寒い中
城山に帰り立てこもる -
18.-25.
政府軍は大編成
雲霞のごとく押し寄せて
囲む城山十重二十重
逆賊たちを討ち取れと
はげしく攻めてきたけれど
味方はひるまず応戦し
あげるおたけび鬨の声
天地を崩すほどだった -
26.-32.
それほど激しい戦いを
人ごとのように隆盛は
洞窟の中で悠然と
鶴翼魚鱗の陣形で
石を打ったり打たれたり
乱れた碁石をさらさらと
こぼすとまるで菊の露 -
33.-37.
そして広げる紙一枚
そこに記した一首の漢詩
この半年は何回も
戦ったけれど遂に勝てず
いよいよ死ぬという時に
故郷に帰れて幸せだ
目の前に死があっても
平常心で笑っていよう
洞窟のなかは一日中
静かに響く碁石の音 -
38.-44.
既に夜も更けさっきまで
はげしく鳴った大砲の
音もいつしかやんでいる
遠い国から来たという
雁の鳴くのがかすかに聞こえ
この世の別れと酌みかわす
酒を飲みつつ宴もたけなわ -
45.-52.
誰か知らぬが風流に
今夜限りと照る月に
向かって琵琶を弾いている
見事な腕のその音色
「まだまだ若い桜の花
須磨の嵐に散る敦盛」
弾き手も聞き手もお互いに
嵐がくれば散る命 -
53.-58.
銃を枕に眠る兵
短い夢を見る間もなく
ふもとの鶏鳴き出して
朝を知らせる東天紅
空に残った月の光
雲のすき間から漏れてきて
すすきを白く照らしている -
59.-63.
再びあがる鬨の声
大音量が山に響く
既に覚悟は決めており
恐れることは何もない
寄せ来る敵を迎え撃つ
-
64.-70.
「ああ痛快だこのありさまは
猪狩に似ているぞ
今日が最後と戦って
薩摩隼人の勇ましさ
語り継がせよおまえたち」と
桐野は皆を励まして
獅子奮迅の暴れぶり -
71.-77.
今こそ越える死出の山
ひっきりなしの弾丸は
右に左に乱れ撃ち
撃たれて倒れたしかばねを
乗り越えながら戦うと
硝煙あたりにたちこめて
山の姿も見えぬほど -
78.-86.
隆盛はほほえんで
「敵も味方も日本男児
この勇ましさがあるならば
みかどの御威光外国に
輝かすのもたやすいこと
今は気分がとてもよい
心に何の曇りもない
さあ一緒に」と立ち上がり
岩崎谷を目指して進む -
87.-91.
この時はげしく鳴るラッパ
政府軍が間近に迫り
雨あられと浴びせる銃弾
その一発が隆盛の
腹をどっと貫いた -
92.-99.
大地の草も血に染まる
その上にすわりこみ
都の方角はるかに拝み
「時の流れでこの西郷
やむなく兵を挙げました
陛下にわたしの本心を
申し上げることできぬまま
この世をおいとまいたします -
100.-105.
みかどはこれからいつまでも
その御威光をはるかに遠く
世界の果てまで照らして下さい」
心の中で念じると
そのまま横に振り向いて
「別府よ切れ」と命令した -
106.-115.
流石に別府晋介は
父とも師とも仰ぎ見た
西郷様の首を斬ると
思えば刀を持つ手も萎え
そのつらいことまさに断腸
しばらく泣いているばかり
しかしいよいよ敵が来る
「お許し下さい」と刀ひらめき
松葉の露と散る命 -
116.-119.
周りに味方は誰もない
敵の包囲を破って通る
百里の間は城壁ばかり
わが剣は既に折れ
わが馬も既に倒れ
秋風の吹く故郷の山
ここに骨を埋めよう -
120.-125.
千年の歴史の中で
めったに出ない英雄でも
時の運にめぐまれなければ
はかない最期をとげるけれど
そのたましいはいつまでも
みかどをお守りするだろう