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さる程に屋島の
戦 に打破 れ - 追はれ追はれし平家の一門
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船 路 重ねて西国 は -
長 門 壇の浦にぞ落にけり -
時は
文治 元年弥生 の頃 -
源氏はさらに
追討 の手をゆるめず - 船を仕立てゝ攻めければ
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海 潮 たぎる壇の浦に - 波をけたてゝ源平の
- 最後のいくさ華々し
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こゝに平家の総
帥 -
新中納言
知 盛 卿は -
勇壮無比の
武将 なれど - 天下の勢平家に利あらず
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敗色 濃 きを如何 にせん - 今はこれまでと思いきめ
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主上 のいます御座 船 に -
乗り
移 りてぞ申されける -
止 んぬるかなや此のいくさ -
こゝにて
平家 一門が滅ぶとも -
無念なれ
共 せんもなしと - 最後の言葉のたまえば
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平の時子二位の
局 は兼 てより -
覚悟の
面 静かにて -
にぶ色の
二 衣 うちかつぎ -
三種の
神 器 を身につけて - 幼き主上安徳帝を
- 左片手にいだき参らせ
- 知盛卿を振り返りて
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我が身は
女人 なれども今 更 に -
敵 の手にはかゝるまじ -
いでや君の
御供 仕 らんと - この世の別れを申されたり
- この時安徳天皇は
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御年 僅 か八才にぞ - ならせ給ひしが
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幼き心に
不 審 を抱かれ
- 尼よわれをばいづ方へ
- 連れ行かんとするぞと問い給う
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二位の局は
竜顔 を拝し -
涙しとゞに
咽 びつゝ -
君は今
万乗 の主 と - 生れさせ給へども
- 悪縁にひかれて
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御 運 すでに尽きさせ給ひぬ -
今極楽浄土につれ参らせ
候 と - 泣く泣く申上げければ
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帝は
山鳩 色 の御 衣 に -
びんづら髪を
結 はせ給いて - 可憐な瞳に白き波の露やどし
- 二位の局のいふまゝに
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紅葉 の手をば合せ給い - 東の空を拝まれて
- 西に向いて御念仏あげしかば
- 時遅れては〔と〕二位の局
- 波の下にも都のありて候ぞと
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波 涛 めがけて船辺 より -
主上
諸共 身をおどらせ -
千 尋 の底へぞ沈ませ給ふ - あゝ悲しきかな
- 無常の春の風
- 情なきかな
- 娑婆世界の荒き波
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御いとけなき
玉体 を -
波の下にぞ沈め
奉 る -
天下の
権 は我が手中と -
過ぎし栄華の
年月 を - 都大路に咲く花の
- 平家の一門壇の浦に
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散り滅び
果 て跡もなし -
今
蕭々 の風哀れ -
奢 る平家は久しからず - たゞ春の夜の夢の如し
- たゞ春の夜の夢の如し
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1.-4.
屋島の激しい戦いに
むなしく敗れた平家の軍
源氏に追われて瀬戸の海
西へ西へと落ちてゆき
ようやく着いた壇の浦 -
5.-10.
文治元年弥生ごろ
源氏は追討ちの手ゆるめずに
ますます攻勢かけてくる
船より攻める源氏がた
守る平家も船の上
流れも速い壇の浦
波頭蹴立てて源平の
最後の戦が始まった -
11.-16.
比べるものなき武勇の将
平家の総帥知盛も
戦の様子を見て悟る
「平家に勝ち目はもはやない
もうこれまでだ
おしまいだ」 -
17.-22.
帝の船に乗り移り
「これにて戦は終わりです。
ここで平家が滅んでも
無念と言うしかありませぬ
これが平家の運なのです」 -
23.-33.
二位の局はさだめ知り
心静かに覚悟決め
振り返り見る知盛に
最後の言葉を投げかける
「私は女ではありますが
敵の手にはかかるまい
主上のおともをいたしましょう」
三種の神器を身につけて
幼き天皇
胸に抱く -
34.-41.
わずか八つの天皇は
幼いながらもいぶかしみ
二位の局に問いただす
「私をどちらへ連れて行く」
局は帝のお顔見て
涙にむせんで申しあげる
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42.-47
「天皇としてお生まれの
おん身もめぐり合わせ悪く
もはや命運尽き果てて
しまいました
さあ
ともに
極楽浄土へ参りましょう」 -
48.-54.
山鳩色のおんころも
みずら髪結う幼帝の
瞳に映るは白波か
局の言葉に従って
もみじのような手を合わせ
東の空をまず拝み
西に向かって念仏を
唱えたところで二位の局 -
55.-59.
「さあさあ 急ぎ参りましょう
波の下にも華やかな
都があるのですよ」とて
波をめがけて船端より
帝もろとも身を投げて
千尋の海に沈みゆく -
60.-74.
ああ
悲しいことよ
無常の風
情ないことよ
世の荒波
幼き帝のお命を
暗き海底にのみこんだ
天下の権力ほしいまま
わが世の春とうたいつつ
花咲き乱れる都路に
栄華をきわめた平家ども
今は滅んで影もなく
吹く風淋しく哀れかな
奢れる平家は久しからず
ただ春の夜の夢のごとし