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壇の浦

解説

元暦二(文治元)年三月二十四日(西暦1185年4月25日)、本州と九州に挟まれた関門海峡で源平最後の決戦が行われた。「壇の浦」は海峡に面する本州側の陸地の地名だが、この海戦を一般に「壇の浦の合戦」と称する。平家はこの戦いで敗北し滅亡したので、その折の様々な哀話が『平家物語』に載り、広く伝えられた。『平家物語』には多様な諸本がある。琵琶法師の語る『平家物語』として代表的なものは明石覚一検校(1299-1371)の手になる「覚一本」であるが、江戸時代以降は、覚一本に基づくいわゆる「流布本」が出版されて一般に広まった。
筑前琵琶のために書かれたこの曲も琵琶曲の多くがそうであるように、平家物語を凝縮したものである。原本にある興味深い逸話のいくつかが省かれているとはいうものの、時の流れに沿って展開する話が人の心をとらえてはなさない。また、原本では知盛の死が物語の最後にくるが、この曲では安徳天皇の入水が物語のクライマックスとなっている。ただ、壇の浦の悲劇のなかでこの幼い天皇の入水は最も涙を誘う場面であるが、幼帝を抱きかかえて海に入った二位の局について、この曲では一言の言及もない。こうした点が欠点となって、今日ではこの曲が完全な形で上演されることは稀である。しかし橘会の宗匠であった山崎旭萃師はこの点を遺憾に思い、人の心に訴える解釈をとって安徳天皇の死を壇の浦合戦の悲劇の頂点においた『壇の浦悲曲』を作曲されたのである。

参考文献

冨倉徳次郎『平家物語全注釈』 角川書店 1966~1968
高橋貞一校注『平家物語』(講談社文庫) 講談社 1972 長野甞一『平家物語の鑑賞と批評』 明治書院 1975
梶原正昭・山下宏明校注『平家物語』(新日本古典文学大系) 岩波書店 1991~1993
市古貞次ほか校注『源平盛衰記』(中世の文学) 三弥井書店 1991~
市古貞次校注『平家物語2』(新編日本古典文学全集) 小学館 1994
佐伯真一『物語の舞台を歩く 平家物語』 山川出版社 2005
志村有弘編『源義経 謎と怪奇』 勉誠出版 2005
菱沼一憲『源義経の合戦と戦略』(角川選書) 角川書店 2005
福田豊彦・関幸彦編『源平合戦事典』 吉川弘文館 2006
大津雄一ほか編『平家物語大事典』 東京書籍 2010

あらすじ

屋島はすでに陥落し、退却した志度浦にまたもや源氏が追い迫り、さらに西へと逃れていく平家であった。今度こそは平家を滅ぼそうと意気込む源氏の大将義経は大軍を率いて長門に来り、元暦二年三月二十四日、両軍はついに壇の浦にて激突した。早鞆の名の通り流れの速いことで有名なところ、平家は潮に逆らい、源氏は潮に乗っていたのではじめから勝負の行方は決まったようにみえた。平家軍は一千艘を繰り出したが、源氏は三千艘で平家を包囲した。鬨の声で戦端が開かれると、海は両軍の船で覆われた。平知盛が船の舳先に立って兵士たちを激励したそのとき、島影から義経の軍団が現れた。義経は敵に近づくとみずから敵陣に乗り込み縦横無尽に飛び回った。平教経はこれを見て、義経の船に飛び乗り義経に取りすがろうとしたが、義経はひらりと身をかわし離れた船に飛び移って微笑んだ。悔しがる教経に源氏の勇士二人が組み付いたところ、教経は死出の旅の伴にとその二人を抱き込んで波間に消えたのであった。知盛は教経の死を聞き、もはやこれまでと御座船に伝え、自らも海に消えた。それを見た建礼門院徳子ほか、女官たちも次々と海に入っていった。しかし、高貴の方々の命を救おうという義経の命で幾人かは助け上げられたが、安徳帝の姿はついにそのなかにはなかった。戦の終わった瀬戸には乗り手を失った船が揺れるばかり。波がしらのように白旗のときめく世となったのである。

『芳年武者无類』より「義経を追う教経(左)」(月岡芳年 画)

  • 詞章
  • 現代語訳
  1. 屋島すでに 陥落 おちい りて
  2. 平家は 志度 シド 浦に 退 しりぞ きしも
  3. またも源氏に追ひ迫られ
  4. 西を指してぞ のが れしが
  5. 寄る かた なみのまにまに
  6. さすらう平家の まつ こそ
  7. 無惨といふも おろか なれ
  8. ココ に源氏の大将義経は
  9. 水陸の大軍を率い
  10. なが の国 おい に来り
  11. 此度 コノタビ こそは平家の一族を
  12. 鏖殺 おうさつ せずんばやむまじと
  13. きびしく味方をいましめて
  14. 合戦 いくさ 準備 ようい いそが はし
  15. 時こそ キタ 元暦 げんりゃく 二年
  16. 三月二十四日の の刻に
  17. 源平両軍 ふな して
  18. 壇の浦にて落合ひしが
  19. ここは名高き はや 瀬戸にて
  20. シカ も平家は 潮流 しお さから
  21. 源氏は 潮流 うしお したが へば
  22. 其の さま 宛然 さながら よそめには
  23. すでに平家の 敗軍 まけいくさ
  24. 見ゆるばかりぞ不運なる
  25. さばれ ふな 合戦 いくさ 熟練 ことなれ
  26. 平家の将卒少しも騒がず
  27. 一千余 そう を三段に分ち
  28. エイヤエイヤの 拍子 びょうし そろ
  29. 勢ひ鋭く漕ぎ寄する
  30. 源氏にありては紀井の国の住人
  31. くま 湛増 たんぞう を先陣とし
  32. 金剛童子の旗押し立て
  33. 威風堂々突進す
  34. 続いて伊予の国の住人 こう 通信 みちのぶ
  35. 四国の あま を率い
  36. 此の ほか 兵船 ひょうせん 三千余 そう
  37. 平家の軍を かこ まんと
  38. あせり きそ ひて進み
  39. 両軍 ゴロ に近づけば
  40. 戦端 せんたん タチマ ココ に開け
  41. いち に揚ぐる 鯨波 とき の声
  42. 磯打つ波の音もろとも
  43. 山に響きて物 スゴ
  44. しばしが程は 合戦 いくさ にて
  45. 互に勝敗ありつるも
  46. る矢の如き はや しお
  47. 押されて進む源氏の軍船
  48. またゝくひまに敵軍の
  49. まっ 只中 ただなか を突き破れば
  50. 船と船とは 接触 せっしょく
  51. 敵も味方も入り乱れ
  52. さしもに ひろ 早鞆 はやとも
  53. 瀬戸も船にて おゝ はれて
  54. 落葉浮ぶる川波の
  55. じろ に寄する如くなり
  56. かゝりける時 しん 中納言知盛は
  57. 船の 船首 みよし に突っ立ちて
  58. 味方の 兵共 ものども も承れ
  59. 一門の運命この一戦にあり
  60. 心を あわ せ力を合せ
  61. 誓って敵を うち 破れと
  62. ふた たび タビ ヨバ はったり
  63. 平家の将士等之を聞き
  64. 勇み立ちたる折しもあれ
  65. 満珠 マンジュ かん じゅ 島間 しまあい より
  66. 進軍の太鼓 とう とう
  67. 源氏の かた に鳴り渡り
  68. しろ に黒の さゝ 竜胆 りんどう
  69. 打ったる旗を立て つら
  70. 勢ひ込んで漕ぎ だす
  71. 此の一団ぞ義経の
  72. 麾下 はたもと なりと知られける
  73. やがて義経敵陣に乗近づけ
  74. 味方を はげ まし縦横無尽
  75. ぎつ払ひつ奮戦す
  76. ジン 不思議の早 わざ
  77. 平家の全軍押崩され
  78. また り返す色もなし
  79. 能登ノ守 のり つね
  1. 此の有様を ハルカ に見て
  2. あれこそ九郎に紛れなし
  3. いで引っ組んで討ち取らんと
  4. 味方の船を押分け押分け
  5. 義経の船に近づき寄り
  6. ヤアそれなるは源氏の
  7. 大将義経なるか
  8. 我は 門脇 かどわき 中納言 のり もり 二男 じなん
  9. 能登ノ守 のり つね なりと
  10. 云ふより早く かぶと を脱ぎ捨て
  11. 鎧の袖を引き ちぎ
  12. 義経の船に おど り入る
  13. 源氏の武士共驚きあはて
  14. 教経に組み すが るを
  15. たお なげ け獅子 奮迅 ふんじん
  16. あわや義経に追ひ迫る
  17. もと より義経 蹻捷 きょうしょう 飛鳥 ヒチョウ の如し
  18. 忽ちヒラリと身を おど らし
  19. 二丈あまりも へだ てつる
  20. 味方の船に飛び移り
  21. 莞爾 にっこ と笑つて おわ しゝは
  22. テン わざ にも ことな らず
  23. 剛勇無双の のり つね
  24. 追はんとするに つばさ なく
  25. あゝ飛びたりな飛びたりなと
  26. 思はず知らず 感嘆 かんたん せり
  27. かか トコロ に源氏の勇士
  28. 安芸 あき の太郎同じく次郎
  29. 教経の右左より組付けば
  30. エイ汝等 死出 シデ の供せよと
  31. やにわに 二人 ふたり を両 わき に引 はさ
  32. さか く浪に飛入りて
  33. 姿は見えずなりにけり
  34. さるほどに知盛は
  35. 能登ノ守の戦死を聞き
  36. 合戦 いくさ ハヤ コレ マデ なりと
  37. 急ぎ 船に漕ぎ到り
  38. 女房達に打向ひ
  39. 只今 東男 あづまおとこ を御覧ずべけれ
  40. まづ ぐる しき物共は
  41. 海に投入れめされ候へと
  42. おのれ みづか ほうき
  43. きよ めてぞ帰られしが
  44. 遂に海に沈みて せにけり
  45. にょ イン はかくと きこ し召され
  46. 騒がせ給ふ しき なく
  47. 焼石 やきいし とみすゞりとを
  48. 左右 さう たもと に入れ給ひ
  49. 西方 にし に向ひて 合掌 ガッショウ
  50. 静に 黙祷 もくとう あらせ給ふ
  51. コノ トキ 大納言 とき ただ の夫人
  52. 御側 おんそば 近う はべ りしが
  53. いざ おん 道しるべ候べしと
  54. ザンブと海中に飛入れば
  55. あなやといふ いた ましや
  56. にょ いん も海に入らせ給へり
  57. おくれ たてまつ らじと きう じょ
  58. 手を取り合ひつ海に入る
  59. 折しも伊勢の三郎義盛
  60. はや ぶね にて キタ
  61. 海には とうと き方々の入らせ給ふぞ
  62. ネンゴ ろに救ひ たてまつ れやと
  63. 義経の命を伝ふれば
  64. 女院をはじめ たてまつ
  65. すけ てん 其他の 女官 にょかん
  66. あはれ宗盛 父子 おやこ まで
  67. 此処 ここ 彼処 かしこ より救はれて
  68. 源氏の かた へ送られしも
  69. 先帝のおん影のみは
  70. いづこの雲にや かく れ給ひけん
  71. おが みし者ぞなかりける
  72. 落つべきものは皆落ちぬ
  73. 死すべき者は皆死しぬ
  74. 汐の ひき しま 小戸 おど の瀬戸
  75. ぬし なき船の さび しげに
  76. ゆられゆられて にしあと
  77. しら波ならで白旗の
  78. 時めく世とはなりにけり
  79. 時めく世とはなりにけり
  • 1.-7.

    屋島で負けた平家勢
    西へ西へと逃げてゆく
    波間さすらうその末路
    無惨というよりほかにない

  • 8.-14.

    源氏の大将義経公
    ついに長門に御到着
    「平家の一族今度こそ
    みな殺し」との御命令

  • 15.-18.

    時はあたかも元暦二年
    三月二十四日朝
    源平両軍船に乗り
    向かい合うのは壇の浦

  • 19.-29.

    潮の流れは源氏に有利
    平家は不利というものの
    海のいくさに慣れている
    一千艘の船団は
    勇んで前へ漕ぎ進む

  • 30.-38.

    一方源氏の船団は
    熊野湛増 伊予河野
    その他あわせて三千艘
    平家を呑み込もうという意気

  • 39.-47.

    両軍互いに接近し
    いざ開戦の鬨の声
    波のうなりと響きあう
    初め互いに矢を射かけ
    その矢のような速潮に
    乗って進むは源氏船

  • 48.-55.

    あっという間に敵軍の
    前線突破した後は
    敵も味方も入り乱れ
    瀬戸の内海船だらけ
    落葉が川を覆うよう

  • 56.-64.

    この時平知盛は
    船の舳先で大号令
    「聞けやものども我々が
    生きるも死ぬもこの一戦
    一丸となって敵を討て」
    平家の人々これを聞き
    奮い立たない者がない

  • 65.-72.

    満珠干珠の間より
    太鼓の音を響かせて
    笹竜胆の旗立てた
    船隊新たに現れる
    これぞまさしく義経隊

  • 73.-78.

    しかも大将義経みずから
    敵陣中に乗り込んで
    縦横無尽の大奮戦
    鬼神のような働きに
    平家は押され崩れ気味

  • 79.-91.

    様子見ていた平教経
    「あれは九郎に違いない
    この手でやつを討ち取ろう」
    味方押し分け敵に近づき
    「そこにいるのは義経か
    われは教経」と名乗るや否や
    鎧兜を脱ぎ捨てて
    義経の船に飛び込んだ

  • 92.-95.

    あわてふためく源氏武士
    とりすがるのを教経は
    蹴散らしながら突き進み
    義経まではあと少し

  • 96.-101.

    ところが義経すばしこく
    身の軽いこと鳥のよう
    ヒラとかわしていつの間に
    ずっと向こうの船の上
    にこにこ笑って立っている
    天狗の業ではあるまいか

  • 102.-105.

    いくら無敵の教経が
    追いかけたくても翼がない
    「何と飛んだか飛んだのか」
    あきれて感心するばかり

  • 106.-112.

    そこに源氏の命知らず
    安芸の太郎と次郎の二人
    右と左で教経に
    襲いかかるが物ともせず
    「おまえらあの世へ道づれ」と
    二人をかかえ海の中
    二度と浮かんで来なかった

  • 113.-123.

    見るべきものを見届けた
    新中納言知盛卿
    「いくさはもはやこれまで」と
    御座船に寄り女たちに
    「まもなく東の連中が
    やって来るのでその前に
    みな片付けておきましょう」
    自身に船を掃き清め
    最期は海に沈みゆく

  • 124.-137.

    建礼門院お静かに
    石と硯を袂に入れ
    西に向かって手を合わす
    御側に付きそう帥典侍
    「さあ御案内いたしましょう」
    ザンブと海へ飛び込むと
    それに続いて女院様
    御入水なさる痛ましさ
    遅れてならぬと女たち
    手に手を取って跡を追う

  • 138.-142.

    そこへあわてて早船で
    飛んで来たのは伊勢の三郎
    「やんごともなき方々を
    海からお救い申せとの
    義経公の命令だ」

  • 143.-150.

    そこで女院を初めとして
    帥典侍ほか女たち
    ついでに宗盛親子まで
    助け上げたがその中に
    安徳帝のお姿は
    どう捜しても見当たらぬ

  • 151.-158.

    逃げてしまった者もいる
    死んでしまった者もいる
    潮も引きゆく小戸の瀬戸
    誰も乗り手のない船が
    淋しく揺れて消えてゆく
    こうして平家は滅び去り
    源氏の天下が訪れた

注釈

1. 屋島…讃岐国の地名。壇の浦合戦より1か月さかのぼる文治元(1185)年二月十八日、源義経の軍勢が平家の陣していた屋島を急襲し、勝利をおさめた。『屋島』参照。2. 志度浦…讃岐国の地名。現香川県さぬき市。屋島のやや東に位置する。『平家物語』流布本に「明けければ、平家は当国志度浦へ漕ぎ退く」とある。5. 寄る方なみのまに…「寄る方な(し)」と「波の間」の懸詞。7. 無惨といふも愚なれ…無惨も何とも言いようがない。「おろか」は「疎か、不十分」の意。10,1. 長門の国…現山口県西部。10,2. 奥津…満珠島の異名。12. 鏖殺…みな殺し。15. 元暦二年…後に改元されて文治元年となった。西暦1185年。16,1. 三月二十四日…太陽暦では4月25日。16,2. 卯の刻…午前6時頃。18. 壇の浦…関門海峡の長門側東部の地名。現山口県下関市壇之浦町。19. 速瀬戸…関門海峡の中でも壇の浦と門司に挟まれた辺りは特に潮の流れが速かったので、「早鞆の瀬戸」と称した。20. 平家は潮流に逆ひ…『平家物語』流布本に、「門司・赤間・壇浦は、漲りて落つる潮なれば、平家の船は心ならず、潮に向つて押落さる」とある。21. 源氏は潮流に順へば…『平家物語』流布本に、「源氏の船は自ら、潮に追うてぞ出で来る」とある。なお覚一本『平家物語』ではこの個所で源氏と平家が逆になっている。22. 宛然よそめには…はたから見るとまるで。25. さばれ…ともあれ。「さもあらばあれ」の転。28. 櫓拍子…櫓をこぐ調子。31,1. 熊野…紀伊国の熊野権現。31,2. 湛増…熊野の別当(寺社の長官)。『平家物語』では、壇の浦合戦の直前に源氏に味方すると決めたことが記される。32. 金剛童子…熊野権現の守護神。憤怒の相をした童子で、左手に金剛杵を持つ。34,1. 伊予の国…現愛媛県。34,2. 河野通信…伊予の豪族。早くから源氏に味方し、既に平教経と交戦している。35. 海部…未詳。39. 矢頃…矢を射るのに適切な距離。41. 鯨波の声…開戦時に発するかけ声。52.-53. 早鞆の瀬戸…19.「速瀬戸」参照。55. 網代…魚を取るために、川の中に竹などを編んだ網を立てたもの。56. 新中納言知盛…平知盛(1152?-1185)。清盛の子、総大将宗盛の弟。57. 船首…船のへさき。58. 味方の兵共も承れ…『平家物語』諸本に、開戦に先立って知盛が侍大将たちを鼓舞する場面が描かれる。65. 満珠干珠…満珠島・干珠島。ともに関門海峡の東に浮かぶ島の名。現下関市長府。源氏の船団は開戦前にその辺りに陣取った。66. 鼕々…鼓の音が鳴るさま。68. 笹竜胆…清和源氏の家紋と伝えられる。72. 麾下…旗本。大将のいるところ。75. 薙つ払ひつ…薙いだり払ったり。79. 能登ノ守教経…平教経。清盛の弟教盛の子。『平家物語』諸本に壇の浦での奮戦が描かれるが、一説には前年の一の谷合戦で捕らえられて斬られたともいう。80. 遥に見て…はるか遠くから見て。82. いで…さあ。87. 門脇中納言教盛…平教盛。清盛の弟。壇の浦合戦の終盤に入水した。96. 蹻捷…勇ましくすばしこい。98. 二丈…一丈は約3メートル。107. 安芸の太郎同じく次郎…『平家物語』流布本に、「土佐国の住人、安芸の郷を知行しける安芸大領実康が子に安芸太郎実光」「弟の次郎」とある。111. 逆巻く浪…流れに逆らって巻き上がる波。116. 御船…御座船。117. 女房達…天皇や女院に仕える女官たち。118. 東男…源氏の武者たち。『平家物語』諸本で、知盛が「只今珍しき東男をこそ御覧ぜられ候はんずらめ」(流布本)と冗談を言って笑ったという。124. 女院…建礼門院徳子(1155-?)。清盛の娘で安徳天皇の母。125. 御気色…御様子。126. 焼石…温石。火に焼いて布に包み、暖をとるためのもの。128. 西に向ひて…「西方浄土」と称して極楽は西にあると信じられた。130. 大納言時忠の夫人…平時忠は清盛夫人時子の弟。その夫人帥典侍(そちのすけ)は安徳天皇の乳母。132. いざ御道しるべ候べし…御案内いたします。134. あなや…激しく驚いた時に発する語。138. 伊勢の三郎義盛…義経郎党の一人。140. 尊き方々…安徳天皇やその母徳子を指す。144. 帥の典侍…前出の時忠夫人。145. あはれ宗盛父子まで…平家の総大将宗盛とその子清宗は、一旦は入水したが、水練に達者であったので泳いでいるうちに助けられたと『平家物語』諸本が伝える。148. 先帝…安徳天皇。既に都では後鳥羽天皇が即位していたので「先帝」と称する。149. いづこの雲にや隠れ給ひけん…貴人の死なので直接的な表現を避けて「雲に隠れた」と称している。151. 落つべきものは皆落ちぬ…「落つ」は戦場から生きて脱出するの意。153,1. 汐の引島…「汐の引く」と「引島」の懸詞。関門海峡の西端にある彦島を当時「引島」と称した。開戦前に平家が陣を置いた島である。153,2. 小戸の瀬戸…彦島と本土の間の海峡を「小門(おど)の瀬戸」と称した。154. 主なき船…誰も乗っていない船。156,1. しら波…「あと知ら(ず)」と「白波」の懸詞。156,2. 白旗…源氏の象徴。「平家の赤旗、源氏の白旗」として知られた。157. 時めく世…(源氏が)栄える世。

『安徳天皇縁起絵図』(土佐光信 画)

音楽ノート

本曲は、琵琶の通常の演目より30行ほど長い。内容が平家の壮大な物語であるため、その音楽的構成には、予想されることではあるが、いくつかの特異な点がある。
まず驚かされるのは「枕」がないことである。通常、曲の初めには人の世の定めを嘆くというような「枕」と呼ばれる導入部が置かれるものだが、本曲にはそれがない。冒頭において、これから戦の火蓋が切られようとする様子が冷静に語られるのである。そうした事実に忠実な描写ゆえに、1~4行目では、普通、曲の始まりに出てくる低い音域が出現しない。5行目の初めの二語(「寄る方」)だけが、基調音である「三」より四度低い「乙」で始まるが、他の詞章はすべて、「四」や(時として短い)「五」や「六」といった「三」より高い音程で歌われる。

壇ノ浦古戦場址(山口県)

そのすぐ後にまたもう一つ別の、特殊な構成がみられる。18行目に「壇の浦」という語が初めて出てくるとき、「流し」が入るのである。上中下の音域の幅をもち3行にもわたって続くくっきりした叙唱のような「夏流し」であるが、音楽的構成という観点から見れば意味のあることである。さらに驚いたことに、短い合いの手のあと、すぐさま、別の型の「大春流し」が3行にわたって省略されることなく続く。「流し」が二つ続くのは稀な構成であるが、平家が完全な敗北に終わる「平家最後の戦い」と呼ばれるすさまじい内容を考えると納得がいくのである。
65行目からまたもや、二つの「夏流し」が続けて挿入される。ここの二つ目の流しは3行にかかるのではなく、規範に忠実に上下の2行だけにかかっているが、一つ目の流しは通常とは異なっている。奏者は軍太鼓を模倣して、ゆっくりと、かつ力強く一の糸の解放弦を何度も打つのである。「流し」はどの演目においても常に決まった奏法で演奏されるが、この65~67行目のような楽器の使い方は他に例がない。
さらに、もう一つ見逃せないことがある。本曲は長大であるが、詩吟(漢詩)が一つも出てこないのである。通常、詩吟は、その旋律とテンポが曲中の他の歌唱部分から際立っているため、曲全体の構造を生かす働きがある。こうした特徴から、改めて『壇の浦』が軍記であり、旋律の美しい詩的な感情よりも事実の報告に重点を置くものであるということができよう。