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nasu no yoichi

那須与市

解説

『平家物語』は元暦二(文治元)年二月十八日(西暦1185年3月21日)の屋島の合戦をめぐる様々な逸話を収録しているが、その中でも特に有名なのは那須与市の物語である。その日の夕刻、平家方の船が扇を立てて岸に近づいてきたので、弓の名手であった那須与市が扇を見事に射抜いた。この時、船に乗っていた男が与市の妙技に感じ入って舞い始めると、与市はこれも射殺している。
那須与市については、『平家物語』に描かれたこと以外ほとんど何も知られていない。また扇の的の逸話は、単純明解な話であるためか、その後の文学作品でも大きな変容を遂げることがなく、そのままの内容で語り継がれている。琵琶曲の詞章も、末尾の部分を除いてほぼすべて『平家物語』の文章に拠っている。

参考文献

冨倉徳次郎『平家物語全注釈』 角川書店 1966~1968
長野甞一『平家物語の鑑賞と批評』 明治書院 1975
梶原正昭・山下宏明校注『平家物語』(新日本古典文学大系) 岩波書店 1991~1993
梶原正昭『古典講読シリーズ 平家物語』(岩波セミナーブックス) 岩波書店 1992
市古貞次校注『平家物語2』(新編日本古典文学全集) 小学館 1994
志村有弘編『源義経 謎と怪奇』 勉誠出版 2005
福田豊彦・関幸彦編『源平合戦事典』 吉川弘文館 2006
大津雄一ほか編『平家物語大事典』 東京書籍 2010

あらすじ

平家に背いた四国の兵たちを従えた義経は、日暮れとともにその日の戦いを終わろうとしていた。そのとき、沖より飾り立てた小舟が一艘近づいてきて、水際近くで横ざまに止まった。船には若く美しい女房がいて、日の丸を配した扇を船べりに立てて手招きしていた。義経は配下にあれは何かと問うたところ、腕の立つ者に扇を射落とさせるためだろうと答えた。義経は味方にそのような者がいるかと聞いたところ、那須与市の名が挙げられた。すぐさま与市が呼ばれ、扇を射るよう命ぜられたが、与市は年が若くて自信がないと固辞した。しかし義経が自分の命に従えぬものはすぐさまここから去れと怒ったため、与市は心を決めた。時は夕暮れで矢を射るには不利な時間、しかも北風が激しく波も高かった。船は揺れ動き扇も安定せず風にはためいていた。沖には平家が船を並べ、陸には源氏が馬首を並べて見守るなか、与市は目を閉じ、諸国の神や仏に成功を祈った。与市が目を開くと風は弱まり扇も止まっていた。与市は鏑矢をつがえ、よく引き絞って放ったところ、見事、扇の要を少し離れたところを射抜き、扇は空にひらめいて海へと落ち波にただよった。沖には平家がふなばたを叩いてどよめき、陸には源氏が箙をたたいて感嘆の声を挙げたのであった。

『那須与市』(作者不明)

  • 詞章
  • 現代語訳
  1. 阿波 あわ 讃岐 さぬき に平家を そむ きて
  2. 源氏を待ちける つわもの ども
  3. 彼処 あそこ の峰こゝの ほら より
  4. 十四五騎廿騎打連れ打連れ
  5. 馳せ きた るほどに
  6. ほう がん 程なく三百余騎になり給ひぬ
  7. 今日 きょう れぬ
  8. 勝負を決すべからずとて
  9. 源平互に引き 退 しりぞ く所に
  10. 沖より尋常に飾ったる せん 一艘
  11. みぎわ へ向ひて漕ぎ寄せ
  12. なぎさ より七八 たん バカ りにもなりしかば
  13. 船を ヨコ サマ になす
  14. あれは 如何 イカ にと見る所に
  15. 船の なか より
  16. 年の よわい 十八九許りなる女房の
  17. 柳の五つ ぎぬ くれない の袴着たるが
  18. みな くれない の扇の日 いだ したるを
  19. 船の がい はさ み立て
  20. くが へ向ってぞ招きける
  21. 九郎判官義経は
  22. 後藤兵衛 さね もと を召して
  23. あれは如何にと のたま へば
  24. 扇を射よとにこそ そうろう らめ
  25. 但し大将軍の 矢面 やおもて に進んで
  26. 傾城 けいせい を御覧ぜられん所を
  27. だれ ねろ ふて射落せよとの
  28. はかり ごと とこそ存候へ
  29. さり ナガ ら扇をば射させらるべうもや候らんと
  30. 申しければ判官
  31. 味方に射つべき じん
  32. タレ かあると問ひ給へば
  33. だれ 共多く候 なか
  34. 下野 しもづけ の国の住人
  35. 那須の太郎 すけ たか が子に
  36. イチ ムネ タカ こそ 小兵 こひょう では候へ ドモ
  37. 手は いて候と申す
  38. 判官証拠があるかさん ゾウロウ
  39. 飛ぶ鳥などを争ふて
  40. みっ つに二つはかならず
  41. 射落し候と申ければ
  42. さらば与市呼べとて召されけり
  43. 与市宗高其頃は
  44. いま 廿年 はたち ばかりの おのこ なり
  45. 判官の御前に かしこま りければ
  46. いかに与市あの扇の真中射て
  47. 敵に見物をさせよかしと宣へば
  48. 与市 ツカマツ るとも存じ候はず
  49. 是を そん ずるものならば
  50. 永き味方の おん 弓矢の きず にて候べし
  51. いち じょう 仕らふずる仁に
  52. おゝせ けらるべうもや候らんと申ければ
  53. 判官大に怒って
  54. こん 鎌倉を立ちて
  55. 西国 さいごく ムカ はんずる者共は
  56. 皆義経が そむ くべからず
  57. それに少しも サイ を存ぜん人々は
  58. これよりとうどう鎌倉へ
  59. 帰らるべしとぞ のたま ひける
  60. 与市重ねて せば
  61. あし かりなんとや思ひけん
  62. 左候はゞ はず れんをば存候はず
  63. 御諚 ゴジョウ で候へば仕ってこそ見候はめとて
  64. やがて ゼン マカ り立ち
  65. 黒き馬の太く たくま しきに
  66. キン プク リン の鞍置いて
  1. 乗ったりけるが
  2. 弓取り直し ヅナ って
  3. 沖へ向ひてぞ歩ませける
  4. 味方の つわもの ども
  5. 与市が あと ハルカ に見送りて
  6. コノ 若者 いち じょう 仕らうずると覚え候と
  7. 申しければ判官も
  8. タノ しげにぞ見給ひける
  9. ゴロ 少し遠かりければ
  10. 海の なか 一段 いったん ばかり
  11. 打入れたりけれども ナオ
  12. 扇のあはひは
  13. たん ばかりもあるらん
  14. とこそ見えたりけれ
  15. 頃は二月十八日
  16. とり の刻ばかりの事なるに
  17. 折節北風 はげ しふ吹きければ
  18. 磯うつ波も高かりけり
  19. 船は り上げゆりすへ たゞ よへば
  20. 扇も くし に定まらず ひら めいたり
  21. 沖には平家
  22. 船を一面に並べて見物す
  23. くが には源氏
  24. くつばみ を並べて コレ を見る
  25. イズ れも何れも晴ならずと云ふことなし
  26. 与市宗高 ふさ いで
  27. ハチ マン ダイ サツ
  28. べっ しては我国の 神明 しんめい
  29. こう 権現 ごんげん 宇都宮
  30. 那須の せん 大明神
  31. ネガワ くば の扇の真中
  32. 射させてたばせ給へ
  33. 是を射損ずるものならば
  34. 弓切り折り自害して
  35. 人に再び おもて を向くべからず
  36. 一度 ひとたび 本国へ カヘ さんと 思召 おぼしめ さば
  37. 此の矢 はず させ給ふなと
  38. 心の内に ねん して
  39. 静かに眼を見開いたれば
  40. 風も少し吹き弱って
  41. 扇も射よげにこそ成ったりけれ
  42. 与市 かぶら 取って打 つが
  43. く引いて ひょう と放つ
  44. 小兵 こひょう といふでう十二 そく 三伏 みつぶせ
  45. 弓は強し かぶら ウラ ヒビ く程に
  46. 長鳴りして あやま たず
  47. 扇の 要際 かなめぎわ イッ すん ばかりおいて
  48. ヒイフッとぞ射切ったる
  49. かぶら は海に入りければ
  50. 扇は空へ アガ りけり
  51. 春風に ひと もみ二もみ モマ れて
  52. 海へ さっ とぞ散ったりける
  53. 皆紅の扇の夕日に かゞや くに
  54. 白波の上に たゞ よひ
  55. 浮きぬ沈みぬ ゆら れける
  56. 沖には平家
  57. ふなばた たゝ ひて感じたり
  58. くが には源氏
  59. えびら タタ いてぞどよめきける
  60. どっと揚げたる 奨声 ほめごえ
  61. 山も崩れんばかりにて
  62. シバ しは ナリ まざりけり
  63. 嗚呼 アア 那須与市宗高が ホマレ こそ
  64. イク セン ザイ るとても
  65. 八島の浦に打つ波の
  66. 諸共 モロトモ に響くらめ
  67. 音諸共に響くらめ
  • 1.-6.

    阿波や讃岐で平家に背き
    源氏を待っていた武士が
    そこの峰ここの洞から
    次々出てきて合流し
    義経軍は程もなく
    三百騎余りとなった

  • 7.-13.

    今日はすでに日も暮れた
    もう戦いは続けられぬと
    源平互にしりぞくところ
    沖の方から小船が一艘
    浜に向かって近づいて
    ほどよいところに来た時に
    船を横向けにして止めた

  • 14.-20.

    あれは何かと見ていると
    船の中から年のころ
    十八九ほどの女が一人
    柳のころもに紅の袴
    日の出の扇を船に立て
    こちらに向かって手招きした

  • 21.-29.

    九郎判官義経は
    後藤兵衛を呼び出して
    「あれは何か」と尋ねると
    「扇を射よというのでしょう
    しかしながら大将が
    最前線に出ていって
    女に見とれているところ
    弓の名手に狙わせる
    はかりごとかと思います
    それでもやはりあの扇
    射させなければなりません」

  • 30.-37.

    申し上げると義経が
    「味方にあれを射る者が
    誰かいるか」と聞いたので
    「いろいろいますがその中で
    下野に住んでいる
    那須の太郎の子の与市
    小柄ながらもすご腕です」

  • 38.-42.

    「証拠があるか」「ありますとも
    飛ぶ鳥を狙っても
    三度に二度は命中します」
    「それなら与市を呼んでこい」

  • 43.-47.

    与市宗高その頃は
    二十歳ばかりの若者で
    義経の前に出ると
    「与市よ扇を見事に射抜き
    敵に見せつけよ」と言われ

  • 48.-52.

    「それは自信がありません
    もしも失敗したならば
    味方の恥になるでしょう
    必ず上手くいく人に
    ご命令を願います」

  • 53.-59.

    義経は大いに怒り
    「鎌倉を出発し
    西国へと向かう者は
    義経の命に逆らえぬ
    それをぐずぐず言う者は
    今からすぐに鎌倉へ
    帰れ帰れ」とおっしゃった

  • 60.-64.

    重ねて辞退したのでは
    さすがにまずいと思ったか
    「それならば当たり外れを考えず
    おことば通りにしてみます」
    そう言って立ち上がり

  • 65.-69.

    たくましい黒馬に
    金覆輪の鞍置いて乗り
    弓取り直し手綱を繰り
    沖へ向かって歩かせた

  • 70.-74.

    味方の兵は後ろから
    与市を遠く見送って
    「この若者は必ずや
    やってくれると思います」
    申し上げると義経も
    頼もしそうに見つめていた

  • 75.-80.

    矢を射るにはまだ遠い
    海の中へ少しばかり
    馬を進めてそれでもなお
    扇まではまだかなり
    間があるように見えている

  • 81.-86.

    頃は二月十八日
    夕暮れ時のことだった
    北風が激しく吹いて
    打ち寄せる波も高い
    船は揺られて上を下
    扇もひらひら止まらない

  • 87.-91.

    沖では平家の武士たちが
    船を並べて見守っている
    岸では源氏の武士たちが
    馬を並べて見守っている
    晴れやかでないわけがない

  • 92.-98.

    与市いったん目を閉じて
    「南無八幡大菩薩
    くにの神様仏様
    日光権現宇都宮
    那須の湯泉大明神
    お願いしますあの扇
    真ん中射させて下さいませ

  • 99.-103.

    もしも失敗したならば
    弓を折って自害して
    二度と人には会いません
    里に帰ってよいのなら
    この矢を当てて下さい」と

  • 104.-107.

    心の内に祈ってから
    そっと眼を開いたところ
    風も少し弱まって
    射やすそうになっていた

  • 108.-114.

    与市は鏑矢取り出して
    よく引いてひょうと放つ
    小兵の引く十二束三伏
    しかし弓は強かった
    鏑の音が鳴り響き
    みごと扇の要ぎわ
    わずか一寸ずれただけ
    ヒイフッと射抜いてみせた

  • 115.-121.

    鏑はそのまま海に入る
    扇は空へ舞い上がり
    春の風にひと揉み揉まれ
    そして海へさっと落ちた
    扇の夕日が赤く輝き
    白い波に漂って
    浮いて沈んで揺れている

  • 122.-128.

    沖の平家の武士たちは
    船をたたいてほめそやす
    岸の源氏の武士たちは
    箙をたたいてどよめいた
    どっとあがったその声は
    まるで山をも崩すほど
    いつまでも止まらなかった

  • 129.-133.

    那須与市のこの誉れ
    どれほど時がたとうとも
    屋島の浦に寄せる波の
    音と一緒に響くだろう

注釈

1. 阿波讃岐…阿波は現在の徳島県、讃岐は現在の香川県。海を渡った義経軍は初め阿波勝浦に上陸し、それから平家のいる讃岐屋島を目指したが、移動の途中で現地の武士を味方に引き入れた。6. 判官…源義経。10.尋常に…立派に。12. 七八段…「段」は長さの単位。1段は一般に6間(約11m)なので、8段であれば約88m。但しこの1段は9尺(約2.7m)とする説もあり、この場合8段は約22m。13. 横様になす…船を横向けにした。16. 女房…貴人に仕える女性。17. 柳の五つ衣…「柳」は襲の色目で、表が白で裏が青いもの。「五つ衣」は表衣(うわぎ)の下に袿(うちぎ)を五枚重ねて着ること。18. 皆紅の扇の日出したる…全面を紅色で塗りつぶし、中央に金色の日輪を描いた扇。19. 背櫂…船の両舷に板を渡して棚のようにしたもの。船棚。22. 後藤兵衛実基…源氏の武士。『屋島』にも登場。24. 扇を射よとにこそ候らめ…「扇を射よ」ということなのでしょう。26. 傾城…美女。27.手足…熟練した者。29. 射させらるべうもや候らん…射させるべきかと思います。31. 射つべき仁…射ることができる人。34. 下野の国…現在の栃木県。35. 那須の太郎祐高…下野国那須(現栃木県那須郡)の武士であった那須一族の一人と目されるが、詳細不明。36,1. 与市宗高…伝記不明。36,2. 小兵…小柄な者。37. 手は利いて候…腕前はすぐれています。40. 三つに二つは…三回に二回は。47. 敵に見物をさせよかし…敵に見せつけてやれ。48. 仕るとも存じ候はず…できるとは思えません。50. 永き味方の御弓矢の疵にて候べし…長く味方の武道の不名誉となりましょう。51. 一定…必ず。52. 仰付らるべうもや候らん…御命じになるべきかと思います。56. 義経が下知を背くべからず…義経の命令に背いてはならない。57. 少しも仔細を存ぜん人々…少しでも異議がある者。58.とうどう…早く。「とくとく」の転。62. 左候はゞ外れんをば存候はず…それでは当たるか外れるかわかりませんが。63. 御諚で候へば…ご命令でありますので。66. 金覆輪の鞍…鞍の前後の山形の部分を金で飾ったもの。68. 搔ひ繰って…両手でたぐりよせて。75. 矢頃…矢を射て届く距離。78. 扇のあはひ…扇までの間。81. 二月十八日…元暦二年。西暦1185年3月21日。82. 酉の刻…午後6時頃。85. 揺り上げゆりすへ…揺れて上下し。86. 串…扇を挟んだ棒。90. 轡を並べて…馬を並べて。「轡」は馬の口にかませる金具。91. 晴ならずと云ふことなし…晴れやかでないわけがなかった。93. 南無八幡大菩薩…「南無」は神仏に祈る時の語。八幡大菩薩は弓矢の神として知られ、また源氏の守り神であった。94. 我国の神明…与市の本国下野の神々。95,1. 二荒の権現…日光二荒山神社。現栃木県日光市にある。「二荒」は本来「ふたら」と読む地名であったが、後にそれを「にこう」と音読し、後に「日光」の字を当てた。95,2. 宇都宮…宇都宮二荒山神社。「宇都宮大明神」ともいう。現栃木県宇都宮市にある。前出「二荒の権現」とは別。96. 那須の湯泉大明神…那須温泉神社。「温泉」を「ゆぜん」とも読む。現栃木県那須郡にある。98. たばせ給へ…「たまはせ給へ」の転。101. 人に再び面を向くべからず…人前に顔を出しません。102. 本国…生国の下野。107.射よげに…射やすそうに。108,1. 鏑矢…矢尻の付け根に鏑を付けた矢。「鏑」は鹿の角や木・竹などで作られた長円形の球。二三の穴が空いており中が空洞なので、射ると轟音を発する。108,2. 打番ひ…「つがふ」は矢を射るために弓の弦に当てること。109. 標…実際には「弓偏に票」という文字が書かれている。110,1. 小兵といふでう…小兵なので。110,2. 十二束三伏…「束」「伏」はいずれも矢の長さを計る単位。「束」は約8cm、「伏」は約2㎝なので、十二束三伏で約1m。矢の長さとしては標準的。111. 浦響く…浦に鳴り響く。113,1.要際…扇の要に近いところ。「要」は扇の骨をまとめる部品。113,2. 一寸…約3cm。114.ヒイフッ…擬音語。120. 白波の…扇の紅と波の白を対比した表現。121. 浮きぬ沈みぬ…浮いたり沈んだりしながら。123. 舷…船の側方の部分。131. 八島…屋島。

『平家物語絵巻』より「屋島の戦い「扇の的」」(作者不明)

音楽ノート

那須与市が平家の小舟に掲げられた扇の的を射たという話は『平家物語』において特別な位置を占めている。『平家物語』のなかで最も人気のある話の一つであることは確かであり、そのためか本曲も琵琶の演目のなかで唯一、『平家物語』の原文をほぼそのまま用いている。原文にはない箇所がいくつかあるものの、曲全体としてみれば鎌倉時代に書かれた原典の言い回しそのままである。筑前琵琶の定型旋律の単位によく馴染む七五調の句はほとんど見られない。字余りや字足らずの行が多く、語り手にとっては筑前琵琶の典型的な旋律の流れに乗りづらいのである。もう一つの問題は「候」や「給う」といった古語の典型である動詞が出てくることにある。

「那須与市」(作者不明)

しかし、こうした問題がありながらも、筑前琵琶という音楽様式にうまく合わせたわかりやすい曲になっているのには驚かされる。ことばは600年前の古いものであるが、作曲の巧みさのおかげで聞き手はよく理解し、楽しめるのである。
人気がある理由として重要なのは語りに重点を置いていることである。本曲は大変に長く非常に散文に近い性質を持っているため、とりわけ前半では、歌というより語りと言ってよいほどである。また合いの手もほとんどない。しかし終結部にかけては、溢れるほどに挿入される合いの手が曲を盛り上げていき、的を射る場面で最高潮に達する。この最後の20行に「丁の三」「丁の四」「丁の六」や華やかな「丁の乙の二」および「中火の二」が出てくる。そのことから、本曲の終結部は琵琶演目の中で最も技巧的なものの一つと考えられている。
本曲はしばしば短縮版の形で演奏されることがある。曲の後半部分だけであるが奏者がその技巧を披露するには十分な長さである。