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安宅

解説

源義経は兄頼朝に追われる身となり、文治元年十一月に吉野山で静と別れた後、同三年二月頃に平泉に到着するまで逃避行を続けた。その間、叡山あるいは南都に潜伏していたともいわれるが、もとより詳細は不明である。しかし文学作品はこの逃避行中のできごとをさまざまに描いた。中でも最もよく知られているのは安宅関での一件で、これは一般には次のような展開で知られている。
義経・弁慶の一行は山伏に身をやつして逃避行を続けていたが、加賀国安宅の関で富樫という関守に見咎められた。そこで弁慶は富樫を欺くために、勧進帳を読み上げるふりをし、また義経を打擲する。このような弁慶の機転によって一行は無事に関を通過することができた。
これは謡曲『安宅』の梗概をまとめたものだが、物語が初めからこのような形だったわけではない。『義経記』でも弁慶は富樫を欺くけれどもそこでは、まず場所の名が「安宅」ではなく「加賀国富樫といふ所」であり、また弁慶が勧進帳を読むという場面がなく、そして弁慶が義経を打擲するのは全く別の場所のことと設定されていて富樫と関係がない。すなわち『安宅』は、『義経記』では分散している逸話を一個所に集約し、更にそこに新たな要素も追加した。これがこの物語の決定版となったのである。
天保十一(1840)年、謡曲『安宅』を歌舞伎化した『勧進帳』が七代目市川団十郎によって初演された。それ以降は明治に至るまで謡曲・歌舞伎の両作が並んで広く行われたので、琵琶曲『安宅』もその影響下にあったと目され、先行両作のいずれかに依拠した本文が非常に多い。以下の注でもそれを一々指摘したが、謡曲『安宅』の本文は新日本古典文学大系『謡曲百番』に拠った。歌舞伎『勧進帳』の本文は諸本間に異同があるが、明治二十三年に刊行されたいわゆる堀越家版権本の本文が『歌舞伎新報』1480号に掲載されているので、とりあえずそれに拠った。但しいずれも表記を改変した場合がある。

参考文献

島津久基『義経伝説と文学』 大学堂書店 1935
岡見正雄校注『義経記』(日本古典文学大系) 岩波書店 1959
横道萬里雄・表章校注『謡曲集 下』(日本古典文学大系) 岩波書店 1963
郡司正勝校注『歌舞伎十八番集』(日本古典文学大系) 岩波書店 1965
服部幸雄『歌舞伎の原像』 飛鳥書房 1974
伊藤正義校注『謡曲集 上』(新潮日本古典集成) 新潮社 1983
伊藤正義『謡曲雑記』(和泉選書) 和泉書院 1989
西野春雄校注『謡曲百番』(新日本古典文学大系) 岩波書店 1998
梶原正昭校注『義経記』(新編日本古典文学全集) 小学館 2000
藤原成一『弁慶 英雄づくりの心性史』 法蔵館 2002
志村有弘編『源義経 謎と怪奇』 勉誠出版 2005
角川源義・高田実『源義経』(講談社学術文庫) 講談社 2005
五味文彦『物語の舞台を歩く 義経記』 山川出版社 2005
小峰彌彦『弁慶はなぜ勧進帳をよむのか』(NHK出版生活人新書)日本放送出版協会 2008

あらすじ

源九郎判官義経と、弁慶を筆頭とする家臣たち総勢12人は、みな山伏姿に身をやつして京の都を発ち、越路の安宅の関へとやってきた。関に入るやいなや関所の役人が呼び止めた。頼朝に追われる義経が山伏を装って陸奥へ逃れようとしていると言って、一行に疑いをかける。弁慶は、自分たちは奈良東大寺建立のための勧進を求めて北陸を旅する一行だと言う。関守はそれが本当なら勧進の趣意書を読めという。もとより勧進帳などなかったのだが、弁慶は笈の中から一巻の巻物を取り出して、天にも響けとばかりの大音声で読み始めた。関所の人々はびっくりして怖気づいてしまう。弁慶たちが通り過ぎようとすると、強力姿をしていた義経が「判官に似ている」と見咎められ、またもや止められた。弁慶は、行列に遅れるから人に怪しまれるのだと怒って、金剛杖を振りかざして義経を激しく打ちすえた。関守の富樫は、それを見て謝り、疑いが晴れたといって許す。一行は急いで立ち去り、浜辺へ来て休む。義経は助かったのは弁慶の機転のおかげと褒めるが、弁慶は主を打擲した罰が恐ろしいといってさめざめと泣く。判官も弁慶とともに運命を嘆くうち、関守の富樫がはなむけの酒を持って一行を追ってきた。弁慶は主の徳を讃えて延年の舞を舞う。山伏たちは関守に別れを述べ、再び陸奥へと向かうのであった。

「巻物を読む弁慶」(岩佐又兵衛 画)

  • 詞章
  • 現代語訳
  1. 花を見捨てゝ行く かり
  2. 花なき里に急ぐらん
  3. 友呼び かわ たび ごろも
  4. 露けき袖をしをりつゝ
  5. 判官 ほうがん しう じう にん
  6. 其の せん だつ は弁慶にて
  7. 亀井片岡伊勢 駿河 するが
  8. 山伏姿に身をやつし
  9. 頃は 如月 きさらぎ 十日の
  10. 月の都を 遠近 おちこち
  11. 夢ぞ名に負ふ おう 坂の
  12. 関の みづ 行末 ユクスエ
  13. さすや流れの ナレ ざを
  14. かい くに コシ ガタ
  15. 安宅の関にぞ ツキ にける
  16. のう 々それなる山伏達
  17. こゝは関にて候ぞ
  18. 承り候
  19. ワレ は南都東大寺 こん りう の為
  20. 国々へ勧進の
  21. 北陸 ホクロク ドウ を承はる客僧にて候
  22. 近頃 殊勝 しゅしょう の至りに候へども
  23. 頼朝義経 おん 兄弟
  24. 御仲不和とならせ給ひ
  25. 判官殿主従十二人
  26. 陸奥 むつ 秀衡 ヒデヒラ を頼り給ひ
  27. 作り山伏となりて
  28. みちのくへ こう ヨシ
  29. 鎌倉殿の厳命により
  30. 新関 にいぜき もう けて候なり
  31. さてこそ 笑止 しょうし
  32. まこと の山伏をも とゞ め候や
  33. あらむづかしや問答 やく
  34. 一人 いちにん も通すこと まか りならん
  35. かくと聞くより弁慶は
  36. ちん 大事の瀬戸と
  37. 山伏達を相集め
  38. じゅ さらさらと押揉んで
  39. 最後の 祈念 いのり をぞ始めける
  40. シバラ く待たれよ せん だつ
  41. 事の ついで に問ひ申さん
  42. およそ山伏の いん ないかに
  43. 弁慶 いち のぞみ を得
  44. ソモソ も山伏の 濫觴 らんしょう といっぱ
  45. 唐土 もろこし にては三蔵法師
  46. わが ちょう にては えん 行者 ぎょうじゃ
  47. その身は不動明王の そん よう をかたどり
  48. 野山の末や じゅ 石上 せきじょう
  49. 苦行 くぎょう を夢とさとりつゝ
  50. こうべ いたゞ きん こそ
  51. まことに五 の宝冠にて
  52. 十二 いん のひだをすえ
  53. 九重 くえ まん かき すゞ かけ
  54. 胎蔵 たいぞう 黒色の 脛衣 はゞき をはき
  55. サテ 又八つ目の 草鞋 わらんじ
  56. 八葉 はちよう れん を踏みて立ち
  57. そく しん そく ぶつ の有難さ
  58. 出で入る いき うん の二字
  59. されど法衣を まと ふ身が
  60. 何故 なにゆえ きん 篠懸 すゞかけ
  61. はた又 太刀 タチ きつるや
  62. 篠懸 すゞかけ 兜巾は武士の 甲冑 かっちう
  63. きたる太刀は 案山子 かゞし に非ず
  64. の利剣の むね
  65. 仏法平法に 障碍 しょうげ をなす
  66. あく じう 毒蛇 どくじゃ は申すに及ばず
  67. 王法 けが ともがら
  68. 一殺 イッセツ しょう の利によって
  69. 立ち ドコロ に斬って落す
  70. まなこ さへぎ り形あるものはよし斬るとも
  71. いん よう は何を以て斬るべきや
  72. 九字 真言 しんごん な以て 切断 せつだん
  73. かゝるいみじき山伏を
  74. 此処 ここ にて打 め給はん事
  75. 不動明王の 照覧 しょうらん
  76. 熊野 ゆや 権現の ばち の程
  77. いと恐ろしく候はん
  78. 関守更に言葉をつぎ
  79. されば先程仰せられし
  80. 南都東大寺 建立 こんりう の勧進の主意
  81. いざいざ御読み候へかし
  82. 関守これにて ちょう もん せん
  83. もと より勧進帳のあらばこそ
  84. おい なか より取り いだ
  85. 往来 おうらい の巻物 いっ かん
  86. 勧進帳と名づけつゝ
  87. いたゞ きて ダイ オン ジョウ
  88. それ つらつら おもんみ れば
  89. 大恩教主の秋の月は
  90. はん の雲にかくれ
  91. 生死 しょうじ 長夜 ちょうや の長き夢
  92. 驚かすべき人もなし
  93. ココ に中頃 みかど おはします
  94. 御名を 聖武 しょうむ 皇帝と名づけ たてまつ
  95. 最愛の夫人に別れ
  96. つい やみ難く
  97. てい きう まなこ に荒く なんだ 玉を つらぬ
  98. 思ひを ぜん ひるが へし
  99. しゃ ぶつ こん りう
  100. 然るに いん 治承 じしょう の年
  101. 焼亡 しょうぼう おわ んぬ
  102. 程の霊場の絶へなん事を悲しみて
  103. しゅん じょう ぼう 重源 ちょうげん 勅命を こおむ
  104. 諸国に向つて 勧進 かんじん
  105. 一紙半銭 ほう ざい ともがら
  106. げん にては 無比 むひ らく にほこり
  1. とう らい にては 紫磨 しま
  2. 黄金 おうごん うてな せん
  3. 帰命 きみょう けい しゅ うやま って申す
  4. 心に祈る 南無 ナム 八幡 ハチマン
  5. 声に力をうち めつ
  6. 天も響けと読み上ぐれば
  7. 関の人々 きも を消し
  8. そら恐ろしくなりにけり
  9. いざまからんと勇む手に
  10. 又一難は ひかゝる
  11. いかにそれなる 強力 ごうりき とまれとこそ
  12. 弁慶ハッと驚きて
  13. 何として 強力 ごうりき とゞ め候ぞ
  14. 判官殿に似たると申す者の候程に
  15. ヤッ ごん どう だん
  16. 判官殿に似申した強力
  17. の思出な はら ちや
  18. 日高くば能登の国までは
  19. 越さうずると思ひしに
  20. わずか おい ふて 退 さが ればこそ
  21. そう じて人にも あやし まれん
  22. 怒りの 形相 ぎょうそう 物凄く
  23. 金剛 コンゴウ ヅエ を振りかざし
  24. 丁々 チョウチョウ 撥止 はっし と打 おろ
  25. 四天王を始めとし
  26. すわ我君の御大事と
  27. うち がたな 抜きつれて
  28. 勇みかゝらん有様に
  29. 弁慶ますます気をいらち
  30. まだ此上に御 うたが ひあらば
  31. よう にも じん めい あれ
  32. 但し この に打殺さんや
  33. 又振り上げし金剛杖
  34. うたるゝ君の心より
  35. しもと をあつる弁慶は
  36. 総身 そうしん ついに おのゝ きて
  37. 骨も たわ まんばかりなり
  38. こは せん だつ のあらげなし
  39. 士卒の者の うった へにて
  40. よしなき われ ひが より
  41. 折檻 せっかん もし給ふなれ
  42. 今は うたが ひ晴れたれば
  43. とくとく いざな ひ通られよ
  44. げに弓取の情けにて
  45. クマ なき空の浮足に
  46. 急ぎ過ぎ行く浜 づた
  47. 磯辺の松の 蔭にて
  48. シバ いき をば休めけり
  49. いかに弁慶 今日 こんにち てん
  50. われ を打 え助けしは
  51. とても 凡慮 ぼんりょ わざ ならず
  52. かたじけなくは思ふなり
  53. おそ れ多き仰せかな
  54. それ世は 澆季 ぎょうき いへど
  55. 日月 じつげつ 未だ地に ち給はず
  56. 弓矢八幡の しゅ あり
  57. さり ナガ まさ しく君を打 へし
  58. 天罰いとゞ恐ろしく
  59. 千斤 おも からざる かいな
  60. 一時にしびるゝ心の せめ
  61. ゆるさせ給へ我君と
  62. 豪勇無双と たゝ へられ
  63. ついに泣かぬ弁慶も
  64. 時ならなくに まゆ した
  65. いつしか 時雨 しぐれ の降りしきる
  66. 判官その手を取り給ひ
  67. しぼ るや 御衣 おんぞ そで たもと
  68. 十有余人の勇士等も
  69. ばん かん 交々 こもごも むらがりて
  70. はてしもあらぬ風情かな
  71. やゝありて義経は
  72. われ 幼き時母 常盤 ときわ ふところ いだ かれ
  73. 伏見の里の雪にくれ
  74. くら の山の やみ に泣き
  75. 兄頼朝の めい を受け
  76. 風にさらされ舟に浮き
  77. 又或る時は さん せき
  78. てい も見えぬ雪の した
  79. 須磨や明石の夕波に
  80. おご る平家を打沈め
  81. 白旗なびく世となせし
  82. その忠勤も いたづ らに
  83. ざん しゃ の為にあやまられ
  84. 落人 おちうど あづさ
  85. 引返すべき春もなし
  86. たん に暮るゝ勇将の
  87. 心はげまし一同が
  88. いざまからんとする処に
  89. あとを した ひし関守が
  90. 運ぶ情や菊の酒
  91. 匂ふまことは むら ぎも
  92. 心ゆるせし 玉巵 さかづき
  93. 真如の月の影やどるらん
  94. 去る程に弁慶は
  95. まい 延年 えんねん の時の わか
  96. 面白や 山水 やまみづ に山水に
  97. 鳴るは滝の水鳴る滝の
  98. おと より高き君の徳
  99. 千代の サカエ 出度 デタ かるらん
  100. 舞ひつ謡ひつ面白く
  101. 関の人々もとの道
  102. 山伏達は いとま して
  103. おい をおっとり肩にかけ
  104. 虎の尾を踏み 毒蛇 くちなわ
  105. 口を のが れて 九十九 つゞら おり
  106. 陸奥 みちのく さしてぞ下りける
  107. みちのく してぞ下りけ
  • 1.-15.

    つらい旅路をあゆみゆく
    義経一行十二人
    まずは弁慶その後に
    亀井 片岡 伊勢 駿河
    みな山伏のなりをして
    時は二月の十日夜
    月を見ながら都落ち
    かの逢坂の関も越え
    水が流れてゆくように
    海津 三国と通り過ぎ
    着いたところが安宅の関

  • 16.-21.

    「やあやあそこの山伏たち
    ここは関所だ詮議する」
    「承知いたしておりまする
    われらは奈良の東大寺
    再建のため寄付金を
    集める旅をしています
    全国回っておりまして
    私は北陸担当です」

  • 22.-30.

    「それは立派な心がけ
    しかしながら世の中は
    頼朝義経仲たがい
    義経殿は奥州の
    秀衡殿を頼るため
    にせ山伏の姿となり
    御家来つれてみちのくを
    目指して逃げているらしい
    だから関所を作れとの
    頼朝様の御命令」

  • 31.-34.

    「それはおかしくないですか
    にせ山伏はいざ知らず
    本物さえも止めますか」
    「ごちゃごちゃ言っても仕方がない
    ともあれ誰も通させぬ」

  • 35.-39.

    それを聞いた弁慶は
    今こそ命の瀬戸際と
    山伏たちを呼び集め
    数珠さらさらと揉みながら
    最後の祈りをし始める

  • 40.-42.

    「お待ちなされよ山伏殿
    いくつかお尋ねいたしたい
    そもそも山伏とは何か」

  • 43.-58.

    弁慶かすかに期待して
    「そもそも山伏の始まりは
    中国では三蔵法師
    我が国では役の行者
    お不動様の姿を借り
    山で修行を積み重ね
    五智宝冠の兜巾をかぶり
    九会曼陀羅の篠懸を着て
    脛衣の黒は胎蔵界
    草鞋の八つ目は八葉蓮華
    その身そのまま仏となる」
    「口から吸ってまた吐く息は」
    「全てを覆う阿吽の二字」

  • 59.-61.

    「しかし仏に仕える身
    どうして兜をかぶったり
    刀を持ったりしているのか」

  • 62.-69.

    「武士の鎧と同じこと
    刀も飾りではありません
    南無阿弥陀仏と唱えれば
    罪を断ち切るそのように
    仏の教えにあだをなす
    けだものやまた悪人は
    皆を助けるそのために
    斬って捨てることもある」

  • 70.-72.

    「形あるものは斬れようが
    亡霊などは何とする」
    「九字の呪文で斬るのです」

  • 73.-77.

    「こんな立派なお坊様
    ここで殺してしまっては
    お不動様や権現様の
    ばちが当たって恐ろしい」

  • 78.-82.

    関守富樫は更に言う
    「おっしゃる通り東大寺
    寄付金集めというのなら
    勧進帳があるでしょう
    読んで下さい聞きましょう」

  • 83.-87.

    勧進帳などあるはずない
    荷物の中からそれらしい
    巻物一巻取り出して
    それをいかにもそれらしく
    大声で読むふりをする

  • 88.-99.

    「いろいろ考えてみると
    お釈迦様の雲隠れ
    それから世の中長い夜
    さきごろ聖武天皇は
    お后様に先立たれ
    悲しい涙を流したが
    それを何か善いことにと
    大仏様を建てさせた

  • 100.-109.

    ところが去る治承の頃
    お寺が焼けてなくなった
    このままでは残念と
    俊乗坊重源が命じられ
    寄付金集めが始まった
    御協力をいただければ
    この世では豊かな暮らし
    あの世でも極楽往生
    どうぞお願いいたします」

  • 110.-114.

    心の中で祈りつつ
    力をこめて声張り上げ
    空に響けと読み上げた
    関の役人驚いて
    どうやら恐れている様子

  • 115.-120.

    さあ行こうかと思ったが
    一難去ってまた一難
    「止まれよそこの荷物持ち」
    弁慶はっと驚いて
    「どうしてお止めなさるのか」
    「義経殿に似ていると
    申した者がいるからだ」

  • 121.-130.

    「やあそれは言語道断
    義経に似た荷物持ち
    何と腹立たしいことか
    今日は能登まで行くつもり
    小さな荷物を重そうに
    するから人に疑われる」
    弁慶激怒した顔で
    金剛杖で義経を
    散々に打ちたたく

  • 131.-138.

    さあ義経の家来たち
    これこそ主君の一大事と
    みなみな刀を抜きはなち
    襲いかかろうとするところ
    弁慶あわててそれを止め
    「まだお疑いなさるなら
    お調べ下さいいくらでも
    何ならここで殺します」

  • 139.-143.

    言って再び振り上げた
    杖に打たれる義経より
    打つ弁慶の辛いこと
    総身ふるえが止まらない

  • 144.-149.

    「これは手荒い山伏殿
    配下の者の見間違え
    そのため無理な取り調べ
    もはや疑い晴れたので
    さあさあ急ぎ通りなさい」

  • 150.-154.

    まさしく武士の情けとか
    難をのがれた一行は
    大空飛んでゆくように
    先を急いで浜づたい
    松の木陰で一休み

  • 155.-158.

    「弁慶今日はよくやった
    私を打って助けるとは
    並々ならぬその機転
    ありがたいと思っている」

  • 159.-171.

    「畏れ多いお言葉です
    いくら末世といったとて
    お天道様にお月様
    八幡様もいらっしゃる
    御主君様を打ち据えて
    罰が当たるに違いない
    重いものでも平気な腕
    今日はしびれて動かない
    お許し下さいわが君」と
    天下無敵の名を取った
    決して泣かぬ弁慶の
    目には時雨が降りしきる
    季節外れであるけれど

  • 172.-176.

    その手を取った義経の
    袖も涙で濡れている
    勇士揃いの家来たちも
    思いに胸がふさがって
    何も言えずにいるばかり

  • 177.-191.

    義経ようやく口を開き
    「幼い時にわたくしは
    母の常盤の胸の中
    雪の伏見をさすらって
    鞍馬の山で育ったが
    兄頼朝に命じられ
    ある時は山の奥深く
    またある時は船の上
    遂に平家を海に沈め
    源氏の天下としたけれど
    その働きも虚しくて
    告げ口男にしてやられ
    お尋ね者の身となって
    もうあの頃に戻れない」

  • 192.-199.

    嘆き悲しむ義経を
    励ます家来一同が
    出発しようとしたところ
    後から関の役人が
    祝いの酒を持ってきた
    情けにあついその心
    あたかもまるい月影が
    ついだ酒にも映っている

  • 200.-205.

    ほどよく酔った弁慶は
    延年の舞を踊り出す
    「やあ面白い山の水
    水が鳴るのは滝の音
    響きわたるよ君の徳
    いついつまでも栄えあれ」

  • 206.-213.

    歌って踊る面白さ
    やがて役人帰り去る
    山伏たちも別れを告げ
    荷物ふたたび肩に掛け
    虎の穴から出た気持ち
    みちのくに向け歩き出す

注釈

1.-2. 花を見捨てて行く雁の花なき里に急ぐらん…「春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる」(『古今和歌集』春上)を踏まえる。謡曲『熊野』に「花を見捨つる雁の」とある。3,1. 呼び交し…互いに呼び合い。3,2. 旅衣…旅装。4. 露けき袖をしをりつゝ…袖が露に濡れて。謡曲『安宅』に「旅の衣は篠懸の、露けき袖やしほるらむ」。5. 判官主従十二人…謡曲『安宅』に「主従以上十二人」。歌舞伎『勧進帳』では一行の人数が主従合計六人と半減している。6. 其の先達は弁慶にて…「先達(センダツ、センダチとも)」は修験者のうち他の者を先導する熟練した者。謡曲『安宅』に「弁慶は先達の姿となりて」。7. 亀井片岡伊勢駿河…亀井六郎・片岡八郎・伊勢三郎・駿河次郎。いずれも義経の郎党で、まとめて「義経の四天王」と呼ばれる。8. 山伏…修験者。霊山の山中で修行して霊力を身につける。頭に頭巾をかぶり、錫杖と呼ばれる金属製の杖を持ち、袈裟・篠懸という法衣を着るなど独自の扮装をしている。9. 頃は如月十日の夜…「如月」は二月。謡曲『安宅』に「時しも頃は如月の、如月の十日の夜」。10. 月の都を遠近の…「遠近(をちこち)」は「都を落ち」と「遠近」との懸詞。謡曲『安宅』に「月の都を立ち出でて」、また謡曲『舟弁慶』に「判官都を遠近(をちこち)の」とある。11,1. 名に負ふ…有名な。11,2. 逢坂の関…山城と近江の国境にあった関所。歌枕として知られた。現滋賀県大津市。13. 水馴棹…船の棹。水に慣れた棹の意。「棹をさす」は棹を操って船を進める意。14. 海津三国も越路方…「海津」は近江国の地名。現滋賀県高島市。「三国」は越前国の地名。現福井県坂井市。「三国も越路方」は「三国も越し」と「越路方」の懸詞。謡曲『安宅』に「海津の浦に着きにけり」「末は三国の湊なる芦の篠原波寄せて」。15. 安宅の関にぞ着にける…「安宅」は加賀国の地名。現石川県小松市。謡曲『安宅』に「花の安宅に着きにけり」。16. 喃々…人に呼びかける時の語。17. こゝは関にて候ぞ…謡曲『安宅』に「これは関にて候」。18. 承り候…謡曲『安宅』に「承り候」。19. 吾は南都東大寺建立の為…「南都」は奈良。東大寺は大仏で知られる奈良の古寺であるが、治承四年十二月二十八日(1181年1月15日)に平重衡の襲撃により焼失したため、再興のため俊乗坊重源が勧進活動に従事した。謡曲『安宅』に「これは南都東大寺建立の為に」。20. 勧進…寺院に寄付をすること。21. 北陸道を承はる客僧にて候…「北陸道」は旧令制下での地域区分「七道」の一つで、現在の北陸地方。「客僧」は旅をする僧の意で、山伏のこと。謡曲『安宅』に「北陸道をばこの客僧承つて罷り通り候」。22. 近頃殊勝の至りに候へども…歌舞伎『勧進帳』に「近ごろ殊勝には候へども」。23.-24. 頼朝義経御兄弟御仲不和とならせ給ひ…謡曲『安宅』に「頼朝義経御仲不和にならせ給ふにより」。頼朝と義経は異母ながら実の兄弟であるが、平家との合戦に勝利した後に対立し、遂に頼朝が義経追討の宣旨を出させるに至ったため、義経は逃避行を余儀なくされた。25. 判官殿主従十二人…謡曲『安宅』に「十二人の作り山伏となつて」。26. 陸奥秀衡…奥州平泉の藤原秀衡。青年期および晩年の義経を庇護したことで知られる。謡曲『安宅』に「奥秀衡を頼み給ひ」。27. 作り山伏…にせ山伏。29. 鎌倉殿…頼朝。31. 笑止…おかしい。32. 真の山伏をも止め候や…にせ山伏のみならず、本当の山伏までもとどめるのか。謡曲『安宅』に「よも真の山伏を止めよとは仰せられ候まじ」。33. あらむづかしや問答無益…謡曲『安宅』に「あらむつかしや問答は無益」。34. 一人も通すこと罷りならん…謡曲『安宅』に「一人も通すまじひ上は候」。歌舞伎『勧進帳』には「一人も通すこと罷りならぬ」。36,1. 一期の浮沈…一生の成否。謡曲『安宅』に「一期の浮沈極まりぬ」。36,2. 大事の瀬戸…大事な瀬戸際。別れ道。38. 珠数さらさらと押揉んで…謡曲『安宅』に「数珠さらさらと押しもめば」。41. 事の序に問ひ申さん…歌舞伎『勧進帳』に「事の序に問ひ申さん」。43. 一縷の望…わずかな望み。44. 抑も山伏の濫觴といっぱ…「濫觴」は起源。謡曲『安宅』に「それ山伏といつぱ」。45. 三蔵法師…玄奘。唐代の僧。大部の仏教経典を天竺から持ち帰り翻訳したことで知られる。46. 役の行者…修験道の開祖とされる役小角(えんのおづの)の通称。「役の優婆塞」とも。謡曲『安宅』に「役の優婆塞の行儀を受け」。47. その身は不動明王の尊容をかたどり…「不動明王」は大日如来の化身で五大明王の一。修験道では特に尊崇する。謡曲『安宅』に「その身は不動明王の尊容をかたどり」。48. 樹下石上…山野での生活。50. 頭に戴く兜巾こそ…「兜巾」は山伏のかぶる黒い布製の頭巾。後出「十二因縁」をかたどって十二のひだを作る。歌舞伎『勧進帳』に「頭に戴く兜巾は如何に」。51. まことに五智の宝冠にて…「五智の宝冠」は大日如来のかぶる冠で、仏の五智をかたどる。歌舞伎『勧進帳』に「それぞ五智の宝冠にて」。謡曲『安宅』には「兜巾といつぱ五智の宝冠なり」とある。52. 十二因縁のひだをすえ…「十二因縁」は仏教でいう十二の因縁。謡曲『安宅』に「十二因縁の襞を据へて戴き」。歌舞伎『勧進帳』に「十二因縁のひだをとツてこれを戴く」。53. 九重曼陀羅の柿の篠懸…「九重曼陀羅」は九会すなわち九つの世界を描いた曼荼羅。「柿」は柿色。「篠懸」は山伏の法衣。謡曲『安宅』に「九会曼荼羅の柿の篠懸」。歌舞伎『勧進帳』にも「九会曼荼羅のかきの篠掛」。54. 胎蔵黒色の脛衣をはき…「胎蔵」は胎蔵界。大日如来の慈悲心を母胎に例えていう。「脛衣」は足に巻く布。謡曲『安宅』に「胎蔵黒色の脛巾を履き」。歌舞伎『勧進帳』に「台蔵黒色のはばきと称す」。55. 扨又八つ目の草鞋は…「八つ目の草鞋」は紐を通す穴が八つある草鞋。謡曲『安宅』に「扨又八つ目の藁鞋は」。歌舞伎『勧進帳』に「さて又八ツのわらんずは」。56. 八葉蓮華を踏みて立ち…「八葉蓮華」は八枚の蓮の花びら。胎蔵界曼荼羅の中心とされる。謡曲『安宅』に「八葉の蓮華を踏まへたり」。歌舞伎『勧進帳』に「八葉の蓮華を踏むの心なり」。57. 即身即仏の有難さ…「即身即仏」は現世の身体のままで仏となること。謡曲『安宅』に「即身即仏の山伏を」。58. 出で入る息は阿呍の二字…梵字の最初が「阿」、最後が「吽」なので、仏教では「阿吽」をすべてのものの始まりと終わりの象徴とする。謡曲『安宅』に「出で入る息に阿吽の二字を唱へ」。歌舞伎『勧進帳』に「出で入る息は」「阿呍の二字」。59.-60. されど法衣を纏ふ身が何故兜巾篠懸や…歌舞伎『勧進帳』に「シテまた袈裟衣を身に纒ひ仏徒の形にありながら、頭に戴く兜巾な如何に」。61. はた又太刀を佩きつるや…「佩く」は刀を帯びる。歌舞伎『勧進帳』に「仏門にありながら帯せし太刀は、ただ物をおどさん料なるや、誠に害せん料なるや」。62. 篠懸兜巾は武士の甲冑…歌舞伎『勧進帳』に「兜巾篠掛は武士の甲冑に等く」。63. 佩きたる太刀は案山子に非ず…歌舞伎『勧進帳』に「これぞ案山子の弓に等しくおどしに佩くの料なれど」。64. 弥陀の利剣…阿弥陀仏の名号が罪業を断ち切ることを鋭い剣に例えたもの。歌舞伎『勧進帳』に「腰には弥陀の利剣を佩(お)び」。65.-66. 仏法平法に障碍をなす悪獣毒蛇は申すに及ばず…歌舞伎『勧進帳』に「仏法王法の害をなす悪獣毒蛇は云ふに及ばず」。67. 王法瀆す徒は…歌舞伎『勧進帳』に「世を妨げ仏法王法に敵する悪徒は」。68. 一殺多生の利によって…「一殺多生の利」は一人の悪人を殺すことで多くの人を生かすこと。歌舞伎『勧進帳』に「一殺多生の利によツて」。69. 立ち処に斬って落す…歌舞伎『勧進帳』に「忽ち切ツて捨るなり」。70. 眼に遮り形あるものはよし斬るとも…「よし」はもし仮に。歌舞伎『勧進帳』に「目にさへぎり形あるものは切り玉ふべきが」。71. 陰気妖魔は何を以て斬るべきや…「陰気妖魔」は「陰鬼陽魔」で、死者の亡霊や化け物。歌舞伎『勧進帳』に「若し無形の陰鬼陽魔、仏法王法に障化をなさば、何をもツて切り玉ふや」。72. 九字真言な以て切断す…「九字真言」は山伏が身を守るための呪文とした「臨兵闘者皆陣列在前」の九字。歌舞伎『勧進帳』に「無形の陰鬼陽霊は、九字真言をもツて切断せんに、なんの難きことやあらん」。73. かゝるいみじき山伏を…謡曲『安宅』に「即身即仏の山伏を」。歌舞伎『勧進帳』には「かく尊き客僧を」。74. 此処にて打止め給はん事…謡曲『安宅』に「ここにて討ちとめ給はん事」。75. 不動明王の照覧…「不動明王」は忿怒の相を示して悪を断つ仏。「照覧」は神仏が御覧になること。謡曲『安宅』に「明王の照覧計りがたふ」。76. 熊野権現の御罰の程…「熊野(ゆや)権現」は紀伊国熊野(くまの)神社の祭神。謡曲『安宅』に「熊野権現の御罰を当たらん事」。80. 南都東大寺建立の勧進の主意…謡曲『安宅』に「南都東大寺の勧進と仰候間、定めて勧進帳の御座なき事は候まじ」。82. 関守これにて聴聞せん…謡曲『安宅』に「これにて聴聞申さうずるにて候」。83. 固より勧進帳のあらばこそ…もちろん勧進帳のあるはずがない。「勧進帳」は勧進の趣旨を記した巻物。謡曲『安宅』に「もとより勧進帳はあらばこそ」。84.-85. 笈の中より取り出す往来の巻物一巻…「笈」は荷物を入れて背負う箱。「往来」は手紙等を集めて手習いの教本としたもの。謡曲『安宅』に「笈の中より往来の巻物一巻取り出だし」。86. 勧進帳と名づけつゝ…謡曲『安宅』に「勧進帳と名づけつつ」。88. 夫つらつら惟れば…以下109. 「帰命稽首敬って申す」まで勧進帳の詞。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「それつらつらおもんみれば」。89. 大恩教主の秋の月は…「大恩教主」は釈迦の尊称。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「大恩教主の秋の月は」。90. 涅槃の雲にかくれ…「涅槃」は釈迦の入滅で、ここではそれを秋の月が雲に隠れることに例える。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「涅槃の雲に隠れ」。91. 生死長夜の長き夢…俗世で人々が種々の苦に迷うさまを長い夜の夢に例える。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「生死長夜の長き夢」。92. 驚かすべき人もなし…「驚かす」は目を覚まさせる。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「驚かすべき人もなし」。93. 爰に中頃帝おはします…「中頃」は今と昔の間。謡曲『安宅』に「ここに中頃帝おわします」。歌舞伎『勧進帳』では「爰に中ごろの帝」。94. 御名を聖武皇帝と名づけ奉り…「聖武皇帝」は聖武天皇。東大寺大仏建立の詔を発した。謡曲『安宅』に「御名をば聖武皇帝と名づけ奉り」。歌舞伎『勧進帳』では「聖武皇帝と申し奉り」。95. 最爰の夫人に別れ…「夫人」は聖武天皇の妃光明皇后。その逝去は天平宝字四(760)年で聖武崩御の以後なのだが、中世の説話においては、聖武が皇后の逝去を悼んで東大寺大仏を建立させたとされている。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「最愛の夫人に別れ」。96. 追慕やみ難く…謡曲『安宅』に「恋慕やみがたく」。歌舞伎『勧進帳』では「恋慕の情やみがたく」。97. 涕泣眼に荒く涙玉を貫く…目をはらすほど泣いて涙を続けざまに流した。謡曲『安宅』に「涕泣眼にあらく涙玉を貫く」。歌舞伎『勧進帳』では「涕泣の御涙かわく時なし」。98. 思ひを善途に翻へし…悲しみの思いをよい方向に変えて。謡曲『安宅』に「思ひを善途に翻して」。99. 盧遮那仏を建立す…「盧遮那仏」は仏の一つで、東大寺の大仏はその像。謡曲『安宅』に「盧遮那仏を建立す」。歌舞伎『勧進帳』では「盧遮那仏を建立し玉ふ」。100.-101. 然るに去じ治承の年焼亡し畢んぬ…「去じ」は去る。治承四(1180)年、平重衡の焼打によって東大寺大仏は焼失した。歌舞伎『勧進帳』に「然るに去ぬる寿永の頃焼亡し畢んぬ」。この一句は謡曲『安宅』にない。102. 斯程の霊場の絶へなん事を悲しみて…「霊場」は寺のこと。謡曲『安宅』に「かほどの霊場の絶なん事を悲しびて」。歌舞伎『勧進帳』では「斯ほどの霊場絶へなんことをなげき」。103. 俊乗坊重源勅命を蒙り…俊乗坊重源は東大寺の勧進職に任じられ、大仏再建のために活動した。歌舞伎『勧進帳』に「俊乗坊澄源勅令を蒙ツて」。謡曲『安宅』には「俊乗坊重源、諸国を勧進す」としかない。104. 諸国に向つて勧進す…謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「諸国を勧進す」。105. 一紙半銭奉財の輩は…紙一枚あるいは銭半銭だけでも寄進した者は。謡曲『安宅』に「一紙半銭の宝財の輩は」。歌舞伎『勧進帳』では「一紙半銭報財の輩(ともがら)は」。106. 現世にては無比の楽にほこり…「無比の」は比べようのないほど素晴らしい。歌舞伎『勧進帳』に「現世にては無比の楽に誇り」。謡曲『安宅』では「此世にては無比の楽に誇り」。107.-108. 当来にては紫磨黄金の台に坐せん…「当来」は来世。「紫磨黄金」は紫がかった純金で、仏教では仏の肌を例える。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「当来にては数千蓮華の上に坐せん」。109. 帰命稽首敬って申す…「帰命稽首」は命を仏に預け頭を地につけて祈ること。謡曲『安宅』歌舞伎『勧進帳』ともに「帰命稽首、敬つて白す」。110. 南無八幡…八幡大菩薩に祈る時の語。八幡大菩薩は源氏の守護神。112. 天も響けと読み上ぐれば…謡曲『安宅』に「天も響けと読み上げたり」。113. 関の人々肝を消し…謡曲『安宅』に「関の人々肝を消し」。114. そら恐ろしくなりにけり…謡曲『安宅』に「恐れをなして通しけり」。歌舞伎『勧進帳』ではこの勧進帳読み上げの後に山伏問答があり、それを聞いた富樫は「感心」するので、「肝を消し」たり「そら恐ろしく」なったりしない。115. いざまからん…さあ行こう。117. いかにそれなる強力とまれとこそ…「強力」は荷物を持ち運ぶ従僕。謡曲でも歌舞伎でも、弁慶その他は山伏に扮したが義経には強力の姿をさせている。「とまれとこそ」は「止まれ」という命令を強調した表現。謡曲『安宅』に「いかに是なる強力留まれとこそ」。119. 何として強力を止め候ぞ…「何として」はなぜ。謡曲『安宅』では「『何とてあの強力は通らぬぞ』『あれはこなたより留めて候』『それは何とて御留め候ぞ』」。120. 判官殿に似たると申す者の候程に…謡曲『安宅』に「判官殿に似たると申者の候程に」。121. ヤッ言語同断…謡曲『安宅』に「や、言語道断」。122. 判官殿に似申した強力奴は…謡曲『安宅』に「判官殿に似申したる強力めは」。123. 一期の思出な腹立ちや…「一期の思出」は一生の記念。謡曲『安宅』に「一期の思ひ出な、腹立ちや」。124.-125. 日高くば能登の国までは越そうずると思ひしに…「能登の国」は現石川県の能登半島部分。謡曲『安宅』に「日高くは能登国まで指さふずると思ひつるに」。126. 僅の笈負ふて退ればこそ…僅かの笈を背負っただけで足取りが遅くなったので。謡曲『安宅』に「僅かの笈負ふて後にさがればこそ」。127. 総じて人にも怪まれん…謡曲『安宅』に「人も怪しむれ」。129. 金剛杖を振りかざし…「金剛杖」は山伏の持つ杖。8. 「山伏」参照。謡曲『安宅』に「金剛杖ををつ取つて」。130. 丁々撥止と打下す…「丁々撥止」は激しく音をたてて打つさま。謡曲『安宅』に「散々に打擲す」。131. 四天王… 7. 「亀井片岡伊勢駿河」の四人。133.-134. 打刀抜きつれて勇みかゝらん有様に…「打刀」は太刀、「抜きつれて」は皆が抜いて。謡曲『安宅』に「打ち刀抜きかけて、勇みかかれる有様は」。135. 気をいらち…苛立ち。136. まだ此上に御疑ひあらば…歌舞伎『勧進帳』に「まだ此上にも御疑ひの候はば」。以下の展開は謡曲『安宅』にない。137. 如何様にも訊命あれ…歌舞伎『勧進帳』に「いかやうとも糺明なされい」。138. 但し此場に打殺さんや…歌舞伎『勧進帳』に「但しこれにて打殺し申さんや」。140. うたるゝ君の心…打たれている義経の心中。141. 杖をあつる…杖を当てる。144. こは先達のあらげなし…「あらげなし」は乱暴だ。歌舞伎『勧進帳』に「こは先達の荒けなし」。145. 士卒の者の訴へにて…歌舞伎『勧進帳』に「番卒のものが我れの訴え」。146. よしなき余の僻目より…私が理由もなく見間違えたために。歌舞伎『勧進帳』に「番卒共のよしなきひが目より」。147. 折檻もし給ふなれ…「折檻」は厳しく責めること。歌舞伎『勧進帳』に「斯く折檻もし給うなれ」。148. 今は疑ひ晴れたれば…歌舞伎『勧進帳』に「今は疑い晴れ候」。149. とくとく誘ひ通られよ…「とくとく」は早く。歌舞伎『勧進帳』に「とくとく誘い通られよ」。150. 弓取の情け…富樫が温情によって義経主従を見逃したこと。この富樫の温情という要素は謡曲『安宅』になく、歌舞伎『勧進帳』独自のものである。151. 隈なき空…晴れわたった空。153. 磯辺…海岸。155. いかに弁慶今日の機轉…謡曲『安宅』に「いかに弁慶、さても只今の機転」。歌舞伎『勧進帳』に「さても今日の機転」。157. とても凡慮の術ならず…並の考えではできないことである。謡曲『安宅』に「さらに凡慮よりなすわざにあらず」。158. かたじけなくは思ふなり…謡曲『安宅』に「忝くぞ覚ゆる」。160. それ世は澆季と雖も…「澆季」は道義のすたれた末世。謡曲『安宅』に「それ世は末世に及ぶといへども」。161. 日月未だ地に墜ち給はず…世の中に正義が残っているの意。謡曲『安宅』に「日月は未だ地に落ち給はず」。162. 弓矢八幡の御守護あり…110. 「八幡」参照。謡曲『安宅』に「八幡の御託宣かと思へば」。163. さり乍ら正しく君を打据へし…謡曲『安宅』に「まさしき主君を打つ杖の」。164. 天罰いとゞ恐ろしく…謡曲『安宅』に「天罰に当たらぬ事やあるべき」。165. 千斤重からざる腕…どれほど重いものでも重いと感じないほど強い腕。「斤」は重さの単位。歌舞伎『勧進帳』に「千斤をあぐる某(それがし)」。166. 一時にしびるゝ心の責…歌舞伎『勧進帳』に「腕もしびるるごとく覚へ候」。169. ついに泣かぬ弁慶も…歌舞伎『勧進帳』に「ついに泣かぬ弁慶も」。170. 時ならなくに…そのような時季ではないのに。171. 時雨…落涙を例える。172. 判官その手を取り給ひ…歌舞伎『勧進帳』に「判官御手を取玉ひ」。173. 絞るや御衣の袖袂…「袖を絞る」も泣く意の常套表現。175. 満感交々むらがりて…様々な感情をもよおして。176. はてしもあらぬ風情かな…いつまでもそれが続く様子であった。178. 常盤…義経の生母。179. 伏見の里の雪にくれ…「伏見」は都の南にある地名、「雪にくれ」は雪のために難渋し。義経の父義朝が平治の乱で討たれた後、常盤は幼い義経らをつれて伏見に逃れた。『平治物語』に詳しい。180. 鞍馬…都の北にある山の名。義経は幼時に鞍馬に預けられそこで成長したという。181. 兄頼朝の命を受け…謡曲『安宅』に「命を頼朝に奉り」。182. 風にさらされ舟に浮き…謡曲『安宅』に「ある時は船に浮かび、風波に身を任せ」。183.-184. 又或る時は山背の馬蹄も見えぬ雪の下…「山背」は「山脊」が正しい。山の尾根。「馬蹄も見えぬ雪の下」は馬の足跡も分からぬほど雪が深く降り積もったところ。謡曲『安宅』に「ある時は山脊の、馬蹄も見えぬ雪の中に」。以上は義経が各地を転戦したことを言う。185. 須磨や明石の夕波に…「須磨」「明石」いずれも現兵庫県の地名。義経が平家と戦った合戦のうち一の谷の合戦は須磨を舞台としたのでこのように言う。謡曲『安宅』に「夕浪の立ち来る音や須磨明石の」。187. 白旗なびく世…源氏の栄える世。「白旗」は源氏の象徴。謡曲『安宅』に「敵を滅ぼし靡く世の」。188. その忠勤も徒らに…頼朝に忠節を尽くしたことも無駄になってしまう。謡曲『安宅』に「其忠勤も徒に」。189. 讒者…他人の悪事を言い立てておとしいれる人間。一般に義経は、梶原景時の讒言によって失脚したとされる。190,1. 今落人や…今ではこのように落人となってしまった。190,2. 梓弓…次の「引返す」にかかる枕詞。191. 引返すべき春もなし…再び世に出る時はない。194. いざまからん…さあ退散しよう。195. あとを慕ひし…跡を追ってきた。196. 運ぶ情けや菊の酒…「菊の酒」は菊の花を浮かべた酒。長寿を祝って飲む。謡曲『安宅』に「所も山路の菊の酒を飲まうよ」。197. 群肝の…次の「心」にかかる枕詞。199,1. 真如の月…真実を悟ることを月に例えて言う。199,2. 影やどる…杯に満たした酒の表面に月影が映っている。「延年」は寺で行われた余興の踊り。「若」は舞に付随する歌。謡曲『安宅』に「舞延年の時の若」。202. 面白や山水に山水に…謡曲『安宅』に「面白や山水に」。203. 鳴るは滝の水鳴る滝の…謡曲『安宅』に「鳴るは滝の水」。もと今様の一節。205. 千代の栄も目出度かるらん…わがきみ義経様の栄華が永く続きましょう。208. 暇して…別れを告げて。209. 笈をおっとり肩にかけ…「おっとり」は取って。謡曲『安宅』に「笈ををつ取り肩に打ちかけ」。210.-211. 虎の尾を踏み毒蛇の口を遁れて…危険な状況から脱出したさま。謡曲『安宅』に「虎の尾を踏み毒蛇の口をのがれたる心地して」。212. 陸奥さしてぞ下りける…謡曲『安宅』に「陸奥の国へぞ下りける」。

安宅の関所跡(石川県)

音楽ノート

本曲は橘会の演目のなかでもいろいろな面で他とは異なる曲である。長さは213行で普通の中程度の曲のほぼ2倍であり、演目のなかでは最長である。全曲の演奏には42~45分ほどかかる。山崎旭萃師は舞台で全曲を演奏したことはほとんどなかった。1979年に山崎師がCBSソニーから代表作となるLPレコードを出した時にも、86行削って(11~13行目、42~78行目、93~109行目、131~139行目および172~191行目)三分の二ほどに短縮している。本曲は色彩豊かな歌の曲というよりドラマティックな語りの曲であり、短縮してもなお堂々とした表情を見せていることに変わりはない。
大曲であるにもかかわらず合いの手が驚くほど少なく、「流し」の数も非常に少ないのも特記すべきことである。こうした構成に合わせて、山崎師は非常にリズミカルな響きをもつ類を見ない語りのスタイルを創り出した。これは若い聞き手には一種のラップのような響きにさえ聞こえるかもしれない。語りに切れ目ない流れが創り出され一定のリズムが保たれるため、場面の展開をスムーズに行うことができるのである。

山伏の衣装

語りが音楽的な変化に乏しいことが一般の奏者には大きな壁となっている。本曲が能の『安宅』に材を得たものであるため、能と同様、登場人物の役割が明確である。一人目が語り手で、二人目は弁慶、三人目は関守の富樫、四人目は義経であり、当然のことながらそれぞれの役割を演じ分けなければならない。したがって複数の奏者が役割を分担して演奏する場合もあるが、別々の人が演じるため全体としての流れを作り出すのはなかなか難しいと言えよう。近年、舞台上で全曲演奏に挑戦したのは、故山崎旭萃師の一番弟子である人間国宝の奥村旭翠師(1951-)である。
歌の部分の詳細で特に注目すべきなのは、202行からの弁慶が謡い舞う延年の舞であろう。最初の三行は本曲のもととなる謡曲の節回しで歌われるが、205行目の「千代の栄えも」のくだりで突如今様の節回しに変わる。そのような指示があるためであるが、これはよく知られた黒田節の旋律である。聞き手には、古くから酒宴の席でうたわれてきた歌の引用であると容易に認められるのである。