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九重 の御 階 の桜風戦 ぎ - 世を鶯の鳴く声に
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通 ひて吹ける笛竹を -
俄かに捨てて
益 良雄 の -
取り
佩 く太刀に敷島の -
大和 心 ぞ籠 るらん - さても筑前の志士
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平野次郎
国臣 は -
沢
主水 宣 嘉 卿 を擁 しつゝ -
勤王 攘夷 討幕 の -
旗を
生 野 の山風に -
翻 へしたる甲斐もなく - 雲霞の如く押寄せし
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討 手 の勢 に破られて -
遣 る方 もなき無念さを -
忍びて
出 石 へ落ちけるが -
程なく敵に
捕 へられ -
都大路は
六角 の -
暗 き獄 に入れられて -
悲 憤 の月日送りけり -
頃しも
元 治 元年の -
秋とはいへど
文 月 の末 -
獄 の内はなかなかに - まだ去りやらぬ暑さをば
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紛 らはさんと国 臣 は -
須磨琴弾きて忍び
音 に -
蚊遣 り焚 く由もなければ如何にせん -
いをねわびぬる夏の
夜 な夜な -
床 しく謡ふ折しもあれ - 俄かに轟く砲声は
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天地
撼 がすばかりなり -
遠近 聞ゆる喊 の声 -
猛火は天を
焦 しつゝ -
熱風 火 焔 を吹き煽 り -
内 裏 の方 に黒煙り - 渦巻きかゝる凄まじさ
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国臣そなたを
屹 と見て -
畏 れ多くも大君は - 如何にわたらせ給ふらん
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盟 ひし友は彼 の下 に -
御 楯 となりて戦はん -
あゝ我が運は
槻 弓 の -
折り
捨 てられしはかなさと -
暫し
眼 を打塞 ぎ -
龍 鋏 虎 口 斯 身ヲ寄ス -
半世ノ功名
一 夢 ノ中 -
他日
九 泉 骨ヲ埋 ムル処
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刑 余 誰カ又弧忠ヲ認メン -
口
吟 みける唐歌 に -
益 良 猛 雄 の潔 よき - 覚悟の程こそ知られけれ
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紅 蓮 の猛火炎 々 と -
獄 間近く燃え迫る -
危 難 避 けよと牢門 を -
開きて放つ
囚人 の -
中 を睨 んで獄 守 -
平野国臣
止 まれと -
苛 高 声 に呼はったり -
予 て期 したる事なれば -
更に
動 ずる気 色 なく -
また須磨琴を
搔 き鳴らし -
天津日を
掩 ふ大 樹 も暫しにて -
つひに
枝 葉 も枯 れ果てぬべし -
われは
固 より草露の消ゆべき命 何かせん - 大内山の逆賊の
- 声に力の籠る時
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駆 け寄る数 人 の荒 くれ武士 -
黙 れ国臣汝こそ - 恩義知らざる大逆人
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徳川幕府の
御 威光を - 思い知らすぞ観念せよと
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突き
来 る槍 のけら首を - むんづとつかんで動かさず
- おのれ狼藉何ものぞ
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天に
背 ける徳川に -
駆 使はるゝ汝等 こそ -
皇恩知らぬ
犬士 -
吾れ今こゝに運
拙 なく -
無 道 の槍に刺 さるとも -
魂魄 永く留 まりて -
天皇 を護 らんと -
内 裏 の方を伏し拝み -
やがて
胸元 くつろげつ -
こゝを突けとて
居 直 れば -
操 り出 す穂先に丈夫 の -
忠魂
還 らずなりにけり - 大内山の花守に
- 身をはなさんと歌ひてし
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風流 心 も刈菰 の -
乱れつる世は
暇 だに - 嵐吹きしく都路の
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露と消えしも
故郷 の - 千代の松原千代かけて
- 残る其名ぞかぐはしき
- 残る其名ぞかぐはしき
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1.-6.
内裏の桜も風にそよぎ
世を憂え鳴く鴬の
声に似るともいう笛を
捨てて手に取る勇者の刀
大和心がこもるはず -
7.-15.
筑前の志士平野国臣
沢宣嘉をおしいただき
尊皇攘夷の旗を揚げ
生野に兵を起こしたものの
甲斐なく寄せ手の大軍に
敗れて無念をしのびつつ -
16.-20.
出石を目指して逃れたが
程なく敵に捕らえられ
都大路の六角の
暗い牢屋に入れられて
怒り悲しむ日を送る -
21.-29.
時はあたかも元治元年
秋といってもまだ七月
牢屋の中は残暑きびしく
気を紛らそうと国臣は
一弦琴の弾きがたり
「蚊遣りもたけずどうしたものか
夏は毎晩寝苦しい」 -
30.-36.
その時にわかに轟く大砲
天地をゆるがすほどの音
そこやかしこでときの声
炎は空をこがしつつ
風にあおられ黒煙
内裏に向かって渦を巻く -
37.-44.
国臣そちらをきっと見て
「おそれ多くも天子様
いかがなさっておられよう
約束をした仲間たち
あの火の下で楯となり
今も戦っているはずだ
わたしの運はもう尽きた
折れた弓は捨てられる」と
しばらくの間目をつぶり -
45.-51.
「竜の爪や虎の口
危ないところに身を置いて
これまで手柄も立ててきた
今ではそれも夢のよう
いつかあの世に行った時
罪人となったこのわたし
誰が忠義を認めてくれよう」
口ずさんだその漢詩
あっぱれ勇者のいさぎよい
覚悟のほどがよくわかる
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52.-58.
紅蓮の炎が燃え広がり
牢の近くに迫り来る
ひとまず逃げよと門を開き
解き放った囚人たちの
中をにらんで牢役人
「平野国臣とどまれ」と
大きな声で呼び止めた -
59.-66.
すべてわかっていた国臣
少しもあわてる様子なく
またかき鳴らす一弦琴
「光さえぎる大きな木
しかしそれもあとわずか
いずれ枝葉も枯れはてよう
そもそもわたしははかない命
すぐに死ぬのはどうにもできぬ
おかみに対する逆賊め」と
歌う声にも力がこもる -
67.-73.
そこに駆け寄る武士数人
「黙れ国臣おまえこそ
恩義を知らぬ謀反人
徳川幕府の御威光を
思い知らせる観念しろ」と
突いて来る槍の先を
むんずとつかんで動かさず -
74.-82.
「おのれ何者無礼者
天に背いた徳川の
手先となったおまえたちこそ
みかどの恩を知らぬ犬
武運つたなく今ここで
この身が槍に刺されても
魂だけはこの世に残り
陛下をお守りいたします」と
内裏に向かって拝礼し -
83.-86.
そして胸元大きく広げ
「ここを突け」とすわり直す
そこに繰り出す槍の先
勇者の魂失われ
二度と帰ってこなかった -
87.-90.
都の花の番人に
なりたいものだと歌っていた
みやび心も乱れた世には
それを楽しむゆとりがない -
91.-95.
都に嵐が吹き荒れて
露と消えてはしまったが
ふるさと博多の千代の松原
千代まで残る国臣の
誉れは今もかぐわしい