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花見
車 の出 し衣 - 霞も匂ふ紫や
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薄紅 の花曇 り -
やがて催す春
雨 の - 都大路をしめやかに
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降りしづめたる
夕哉 -
さて
源 の頼光 は -
あっぱれ
朝家 の守護として - 世に聞えつる良将の
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立てし
勲 も大江山 -
千丈 が嶽 の賊共を -
討ち滅ぼしゝ
以来 は -
国安らかに
剣 太刀 -
用も無き身の春
中旬 -
貞光季武 綱金時 -
何 れも劣 らぬ郎党を -
近く
侍 らせ庭の面 の -
今を盛りの
桜花 -
打眺めつゝ酒
酌 むも - いと楽しげに見えにけり
- さしもに永き春の日も
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いつしか西に
入相 の - 鐘の響に大空の
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霞の袖は
綻 びて - 数よむ程の雨の糸
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み池の
面 に紋 を織り -
汀 の桜ほろほろと -
浮寝催す
鴛鴦 の -
夢の
中 にぞ散りかゝる -
長楽 ノ鐘声 花外 ニ尽キ -
龍 池 ノ柳 色 雨中ニ深シ -
頼光 声も朗らかに - ふし面白く吟じけり
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此 時 保昌 申すやう - 近頃不思議の事こそ候へ
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九条の羅生門に鬼
栖 みて -
暮るれば
人 の通らぬ由 -
世に
専 らの取沙汰と - 語り出づれば一同は
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固唾 を呑んで詰め寄せたり -
綱は聞くより進み
出 で -
四 海 波風静かにて -
御稜威 輝く君が代の - しかも都の南門に
- 鬼神のすむとは心得ず
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粗 忽 に物な宣 ひそと -
云へば保昌聞き
咎 め -
こは心得ぬ仰せ
哉 - さまで不審とおぼしなば
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行きて
御 覧じ候へと -
言はれて綱は
逸 り雄 の -
心の駒の
絆 をば -
引返すべき
気 色 なく -
某 臆 し参らぬと - おぼされんこそ心外なれ
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是より
直 に馳せ向ひ -
真偽 見届けて -
標 の札 を建て来 んと - 勇みをなして申しけり
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頼光 実 にもとうなづきて - 君の御為武門の為
- 確に見届け候へと
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標 の札 と御 佩刀 -
御感 の余 り賜 びければ - 時の面目承はり
- 綱は館を出でゝ行く
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既に
其 夜 も初夜過ぎて -
檐 端 をめぐる玉水の - 音すごすごと更け渡り
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池の
蛙 の鳴く声に -
降りまさり行く雨の
脚 -
綱は
暫 しも猶 予 せず -
褐 の直垂 結びあげ -
家重代の
鎧 をば - ざっくと肩に投げかけて
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厳物作 りの大 太刀 に -
賜 びたる剣 佩 き添へて -
八寸 にも余る黒駒に -
下鞍 置かせ取り乗って - 九条表に打って出づ
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黒白 もわかぬ真 の闇 -
風
腥 く吹き落ちて -
篠 突 く雨は面 をば -
いたくも打つや
丑 三 の - 鐘も乱れて響き来る
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あら不思議や
逸物 の - 駒もおびえて進み得ず
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身慄 してぞ立ったりける -
さてはと鞍より飛んで
下 り - 羅生門の石壇に
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標 の札 を立て置きて -
帰らんとする
後 より -
変化魔生 か金剛力 -
錣 をむづと引っつかむ -
折しも
黒雲 巻き起り -
閃 き渡る稲妻に - 鬼神の姿現はれたり
- 綱は少しも驚かず
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太刀
真向 に振り翳 し -
土も木も皆
大君 の国なるに -
王地を汚す
化生 もの -
そこ動くなと
呼 はって -
微 塵 になれと切りかゝる -
鬼神は
牙 を噛 み鳴らし -
持ったる
鉄 杖 取り延べて -
縦横 無 尽 に打振 ふ - ひらりひらりと飛び違い
- つっと手元に付け入って
- 勢ひこんで打つ太刀に
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鬼神は
腕 を切り落され - はや黒雲に飛び乗って
- 時節を待って取るべしと
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叫ぶ声さへ
物凄 く -
愛宕 の方へ一条 の -
火 焔 となりて光り行く -
やがて聞ゆる
暁 の -
鐘
諸共 にほのぼのと -
明け行く空に
夜 嵐も -
いつしか
止 みて旭子 の - 光りさやけき羅生門
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鬼神 よりも恐ろしき - 綱は名をこそあげにけれ
- 綱は名をこそあげにけれ
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1.-6.
花見帰りの貴人たち
薄紅や紫の
衣のごとし花曇
やがて降り出す春雨に
都大路もしめやかに -
7.-14.
さて朝廷の守護として
勇名馳せた頼光も
大江の山の勲功を
挙げての後は治まれる
御世に剣刀用はなし。 -
15.-20.
貞光季武綱金時
武勇すぐれし郎党と
ともに酒酌む花の宴
いと楽しげに興ずなり。 -
21.-29.
かくも長き春の日も
いつしか西に傾いて
夕べの鐘の響くころ
やがて降り出す春雨の
池の水面に輪を描き
夢見心地の鴛鴦の
羽に桜の散りかかる -
30.-40.
「長楽殿の鐘の音は
盛りの花に消えてゆき
龍池の柳雨に濡れ
緑いよいよ深まれり」
頼光声も高らかに
うたう漢歌おもしろく。
その時保昌語りだす
「近頃九条の羅生門
鬼の住まいし日暮れごろ
人通りなきとの噂あり」 -
41.-48.
綱は聞くなり進み出で
「お恵み深きおん君の
治めたまえるこの御世に
都のうちの門内に
鬼の住むとは合点せぬ
軽々ものを言うなかれ」
保昌これにいきりたち
「我の言うこと信ぜぬか」 -
49.-59.
「さほどに疑い強ければ
おのれの目で見て確かめよ。」
綱の心ははやりたち
恐れて行かぬわけでなし。
これより早速駆けつけて
嘘かまことかわが目にて
確かめ証拠をうちたてよう」 -
60.-66.
頼光これに感じ入り
「君と武門の誉れかけ
確かにその目で見届けよ」
証拠の札と太刀給う。
綱は栄えある命を受け
勇んで館を出でてゆく。
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67.-80.
すでに宵闇深まりて
軒より落ちる雨だれの
音ものすごく響きおり。
池の蛙の声に和し
いよいよ強く降りこめる。
綱は少しもためらわず
褐の直垂下に着け
家伝の武具に身を固め
下賜の剣を腰に帯び
見上げるほどの黒馬に
下鞍置いてうちまたがり
九条通りに走り出る。 -
81.-88.
見分けのつかぬ真の闇
不気味な風の吹きつけて
激しく雨が打ちつける。
丑三つ時の鐘の音も
乱れ響いて鳴りわたる。
まこと不思議もあるものか
名馬もおびえて進みえず
身震いしたまま立ちすくむ。 -
89.-97.
「さては鬼神現るか」
綱は鞍より飛び降りて
羅生門の石壇に
印の札を立て置いて
帰ろうとするその時に
人たぶらかす化け物か
錣をぐいと引っつかむ。
突如現る黒雲と
閃く稲妻背に受けて
鬼神の姿現れる。 -
98.-103.
綱は少しも驚かず
太刀真っ向に振りかざし
「この地はすべて大君の
治めたまえる領土なり。
この地を汚す化け物め
そこ動くな」と切りかかる。 -
104.-115.
鬼神は牙剥き噛み鳴らし
手に持つ杖を振りあげて
滅多やたらに打ち振るう。
綱はひらりと身をかわし
えいと切り込む大太刀に
鬼神は腕を打ち落とさる。
たちまち雲に飛び乗って
「時期が来たなら
取り返すぞ」と
愛宕の山へ一筋の
光となって消えてゆく。 -
116.-123.
やがて聞こえる暁の
鐘音とともに明けてゆく。
夜半の嵐もいつか止み
光さやかな日を受けて
輝きまさる羅生門
鬼神よりなお恐ろしい
綱の勇名世に聞こゆ
綱の勇名世に聞こゆ