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此処 に消え -
彼処 に結 ぶ泡沫 や -
実 に蜉蝣 がつかの夢 -
源家長者
頼光 公 -
思いぞ出る
葉 月 の末 - そゞろ身にしむ朝嵐
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其 より心悩 ましく - 枕にこそはつきにけれ
- 紫こむるひがし山
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とざすや黒き夜の
帳 -
京 大路 の灯 も -
鐘の
音 毎 に消て行き -
鴨のせゝらぎ
音 を絶へ -
月 清 き夜半 とも見 ず雲 霧 の - 更け行く夜の御館
- さびしさ誘ふ風の音
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あやしや
明 き灯の -
次 第 次第に影暗く -
丁 字 にからむ火取虫 -
亦 もやつのる御悩み -
折しも
忽然 一人の僧 -
御枕辺に
佇 みて - いかに頼光公
- 御心持は何と御入候ぞ
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尋ぬる声に
現 とも -
夢 ともわかず打 見やり -
あら
訝 しや -
誰とも知らぬ
僧形 の -
深 更 に及んで我を訪 う - いづれより渡り候ぞ
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これは
比 叡山 の西塔 -
宝憧院 に住 む遊 僧 にて - 承れば頼光公
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長の
病 御悩 み -
薬石 医療 の業 をいたし - 諸山の高僧ひたすらに
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祈 願 修法 をつくせ共 -
未 だしるしのあらざる由 -
我が
法力 の功 徳 にて -
物 の怪 の祟 払 はんと -
今宵 館 に参 りて候 - 見受けし所貴僧には
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法 徳 兼備 の権者 と覚ゆ -
樹下 石上 の御さとり - 仲々苦行召されしや
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もとより
慢 るにあらざれど -
いかさま我は
武士 の -
由 ある家に生れしが - 衣つゆけき旅の空
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衣 露けき旅の空
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塵 の浮世を遁 れ来て - 降りつむ雪に肌をさき
- 難行苦行の功を積み
- 法を修めし者にて候
- かゝるいみじき高僧の
- 祈念を受くる恭けなき
- いざいざ修法候へかし
- いと易き事にて候
- いでや五大明王を本尊となし
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御 悩 本復の秘法仕らんと -
最多角 の珠 数 さらさらと - 押もみ押もみ頼光の
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御前 近く寄り来 る -
あら
訝 しや灯 影 にしるきその姿 -
実 かと追 へば虚 に走 り -
浮きつ沈みつ我が
背子 が -
来 べき宵 なりさゝがにの -
蜘蛛 の振舞 かねてより - あやしと見えし一殺那
- 袖を返せばかたわらの
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ともし火消えて真の
暗 - 風も吹かぬに灯の
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消えしは
化生 の業 なるか -
問 ふも愚 や笑止やな - 我がなす業と知らざるか
- 我を知らずやその昔
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葛城 山に年 古 りし - 神通自在のくもの精
- 伊勢の神風吹かざれば
- 六十余州に巣を張りて
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魔界となさん
企 なり -
言いもおわらで
七 尺 の -
蜘蛛 の鬼形 と変 じつゝ -
繰 り出す千 筋 の糸筋に - 五体はしびるゝばかりにて
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蜻蛉 胡蝶 の羽交締 め -
頼光心とり
直 し -
御枕辺 なる膝 丸 の -
鞘走 らせし電 一閃 -
闇 に一声 物 の怪 の -
姿はさっと
失 せにけり -
誰に東寺の
藪 陰 に -
千 年 を古 りし古墳 の -
石を
崩 して土ぐもを -
討 てば治 まる御代 の春 -
くも切り丸の
剣 の徳 - 光かゞやく有難さ
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千代に八千代に
万代 に -
苔 のむすまで語り伝へん -
苔 のむす迄 語り伝へん
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1.-3.
すぐできて
すぐまた消える水の泡
まさにはかない虫の夢 -
4.-8.
源氏の大将頼光が
物を思う八月の末
朝の嵐が身にしみる
どうやら具合がよくなくて
病いの床についていた -
9.-15.
紫に染まる東山
夜の暗さに包まれて
都大路のともし火も
鐘が鳴るたび消えてゆき
鴨川さえも音がせぬ
とてもきれいな月なのに
雲がかかって夜も更ける -
16.-19.
風の音さえものさびしい
不思議なことにともし火も
次第に暗くなってくる
飛んで火に入る夏の虫 -
20.-24.
具合はいよいよ悪くなる
その時いきなり枕元
現れたのは一人の僧
「さて頼光様御気分は
いかがなものでありましょう」 -
25.-30.
夢かうつつか眺めつつ
「何とも不思議なことですな
どなたか知らぬがお坊様
こんな夜中に御訪問
はてどちらからおいででしょうか」 -
31.-41.
「わたしは叡山西塔の
宝憧院に住む僧です
聞くところでは頼光様
長く病気でお苦しみ
医者や薬も試されて
諸国の僧が祈っても
いまだ効き目もないそうな
わが仏法の力によって
化け物を追い払うため
今夜参上したのです」 -
42.-45.
「お見受けするにお坊様は
徳を備えた立派なおかた
これまで木の下石の上
さぞ御修行を積まれたでしょう」 -
46.-54.
「自慢するのでないけれど
わたしはもともと由緒ある
武士の家に生まれたが
俗世を離れ旅の空
雪の降る中修行をかさね
法を修めた者なのです」
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55.-57.
「こんな立派な坊さまが
祈ってくだされありがたい
どうぞお願いいたします」 -
58.-63.
「たやすいことでございます
五大明王のお力で
病気の治るまじないを
いたしましょう」といらたかの
数珠をさらさら揉みながら
頼光の前にやってきた -
64.-71.
奇妙なことにともし火に
はっきり映るその姿
はて本物か偽物か
浮いては沈むその動き
思う人が来ることを
知らせるという蜘蛛の振舞い
あやしいと見たその瞬間
袖ひるがえすと傍にある
ともし火消えて真っ暗闇 -
72.-75.
「風もないのに火が消えた
さては化け物のしわざだろう」
「わざわざ聞くのも愚かなこと
それはわたしのしたことだ -
76.-81.
わたしのことを知らぬのか
葛城山で昔から
神通力もつ蜘蛛の精
伊勢の神風さえ吹かねば
日本国中巣を張って
魔界としたいわが望み」 -
82.-86.
言いおわらぬうち七尺の
蜘蛛の正体あらわして
糸千本を繰り出すと
体がしびれてそのさまは
とんぼちょうちょの羽交い締め -
87.-91.
頼光は気を持ち直し
枕元の名刀膝丸
鞘から抜いてひらめかせば
闇に響いた化け物の
声は残るが姿は消えた -
92.-100.
東寺の藪の陰にある
千年を経た古い塚
それを崩して土蜘蛛を
討って治まる平和な世
これこそ蜘蛛切丸の徳
光り輝くありがたさ
千代に八千代にいつまでも
苔むすまでも伝えよう