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雪 霜 に -
梅 花は咲きて香 を放ち -
春の光を
宣 ぶるなり -
大 義滅 する乱世 に -
勤皇 の軍 率先し -
朝家 に身をば殉 じたる -
忠勇
義 烈 の人 こそは -
揺 がぬ御代 の柱 なるらん -
偖 も楠 判官 正成 は -
孤城
千 早 に百万の - 北条勢を引寄せて
-
孫 呉 が智謀傾 けつ -
半
歳 ばかり支 へしかば -
忠臣
四方 に奮ひ起 ち -
遂に朝敵を
討滅 し -
皇天ために
輝 きしが -
又もや
妖雲 叢立 ちて -
世は
騒然 となりにけり -
延元 元年皐月 の中旬 -
足利尊氏
筑紫 より - 五十余万の大軍を率い
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攻め上る
由 聞えしかば -
正成
勅諚 かしこみつ -
今日 を最後と九重の -
都を後に
梓 弓 - 引返さじと五百余騎
- 率いて兵庫に下り行く
- 青葉茂れる桜井の
-
里の
仮 屋 に駒駐 めて -
嫡子
帯刀 正行 を -
膝元 近く招き寄せ -
如何 に正行聴き候へ -
夫 れ此度 の合 戦は -
天下
安 危 の岐 れ目ぞ -
父は兵庫に
討死 の - 覚悟定めて候へば
- 汝が顔を見ん事も
-
今日 を限りと思ふなり -
我れ
亡 き後 は尊氏が -
恣 まゝなる振舞に -
日月 光り失 ひて -
葎 は八重に生 い茂り -
世は
澆季 となりぬべし -
此の
道理 を弁 へて -
疾 く故郷 に帰り行き -
一族
郎党 扶 育 して -
時機 の至るを窺 ひつ -
金剛山 に立て籠 り - 誓って朝敵討ち滅ぼし
-
父が宿志を
継 げよかし
- これ忠孝の道なるぞと
-
真心こめて
諭 しつゝ -
之 が一 世 の別れかと -
思へば
猛 き武夫 も -
こぼすや露の一と
雫 -
君がため散れと
訓 えて己 まづ -
嵐に向ふ桜井の
駅 - 湊川原に着きければ
-
摩耶 吹き颪 す朝風に -
菊水の旗
翻 がへし -
敵や
来 れと待つ程 に -
浪路
陸 路 を打ち連ね - 五十余万の足利勢
-
二つ
引両 四つ目結 ひ -
輪違 の旗へんぽんと -
雲 霞 の如く押し立てゝ -
金 鼓 とうとう攻め寄する -
正成きっと
打眺 め -
いでや決死の
晴軍 -
目指すは尊氏
直義 と -
群 る敵の真只中に -
面 もふらず斬って入る -
剣光きらめき
鬨 の声 - 忠魂義気の太刀風に
- こゝを先途と戦ひしが
-
衆寡 遂に敵し兼ね -
流るゝ血汐は
滝 津 瀬 か -
兜飛び去り鎧は
千 截 れ - 軍兵次第に討死し
- 残る七十三騎さへ
-
深 傷 を負はぬ者もなし -
最早
戦 も之迄 なりと - と在る民家に走り入り
-
和田橋本
神 宮 寺 -
宇佐美なんどの
宗 徒 の武士と - 鎧を脱ぎて端坐なし
- 刀は折れ矢はつきはてゝ
-
臣 が事既に畢 んぬ -
七
度 この世に生れ来て - 唯朝敵を滅ぼさん
- 是ぞ最後の一念と
- 北に向って再拝し
-
弟
正季 と剌し違ひ -
雄 魂 空 しくなりにけり -
嗚呼 忠臣楠公の -
玉と砕けし跡
訪 へば -
ちぬの
浦曲 に菊水の - 流れも清き湊川
-
たてし
勲 は千代かけて -
万代 までも香 るらん - 万代までも香るらん
-
1.-3.
冷たい雪の中でこそ
咲いて香るは梅の花
やがて春には光さす -
4.-8.
大義なくした乱世に
みかどのために戦って
その身を捧げる忠義の士
国の柱と言えるだろう -
9.-18.
さても楠木正成は
千早の城に百万の
北条軍を引き寄せて
軍略の限り尽くしつつ
半年しのいでいるうちに
四方の忠臣立ち上がり
ついに幕府を打ち倒し
そしてみかどの世となった
しかし再び風雲急
世が騒がしくなってくる -
19.-22.
延元元年五月中
足利尊氏九州より
五十万の大軍率い
攻めて来たとのことなので -
23.-27.
正成みかどの命を受け
これが最後と肚を決め
京の都を後にして
二度と戻らぬ五百余騎
率いて兵庫へ行く途中 -
28.-31.
青葉の繁る桜井の
里の仮屋に馬を止め
わが子帯刀正行を
膝元近く招き言う -
32.-38.
「やあ正行よよく聞けよ
そもそも今度の合戦は
天下分け目の大いくさ
父は兵庫で討死と
覚悟を既に決めている
お前の顔を見ることも
今日が最後に違いない -
39.-43.
私が死ねば足利が
思いのままに振る舞って
光は消えて藪の中
再び乱世となるだろう -
44.-52.
それをよくよくわきまえて
ここは一旦故郷に帰り
わが一党を温存し
いざその時が来たならば
金剛山に立て籠り
必ず朝敵ほろぼして
わたしの遺志を継いでくれ
これこそまさに忠と孝」と
心をこめて諭しながらも
-
53.-58.
これがこの世の別れかと
思えばさすが楠木も
こぼす涙のひとしずく
「みかどのために散るのだ」と
息子に教えみずからも
嵐の中に向かうため
桜井の駅を出立し
湊川原にやがて着く -
59.-67.
摩耶の山から吹く颪
菊水の旗をひるがえし
敵の来るのを待つうちに
海路陸路の両方を
五十万余の足利勢
それぞれ家の旗を立て
雲霞の如き大軍が
鉦と太鼓を鳴らし来る -
68.-75.
正成これをきっと見て
「今日は決死の晴れいくさ
目指すは尊氏直義のみ」と
むらがる敵のただ中に
わき目もふらず斬りこめば
つるぎは光り太刀に風
大いに勇んで戦ったが -
76.-81.
悲しいことに多勢に無勢
流れる血潮は滝のよう
兜は飛んで鎧はちぎれ
味方は次々討死し
わずかに残る七十三騎も
深手を負わぬ者がない -
82.-86.
「もはやいくさもこれまで」と
近在の家に駆け込んで
和田に橋本・神宮寺
宇佐美その他の武者たちと
鎧を脱いで座を正し -
87.-94.
「刀は折れて矢は尽きた
もうできることは何もない
しかし七度生まれかわり
必ず朝敵をほろぼそう
これこそが最後の思い」と
北に向かって拝んだ後
弟正季と剌しちがえ
ついに空しくなる魂 -
95.-101.
ああ忠臣の楠公が
玉と砕けたその跡は
なにわの海に流れ込む
流れも清い湊川
その勲功はいつまでも
いついつまでもかんばしい