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眺 むれば雲井の月 -
久遠 の光はかはらねど -
変り果てたる世の
相 に -
名残 を惜む栄枯の夢 -
高館 山の松が枝 に -
風
肅 々 とわたるらん -
悼 はしや義経公 -
類 ひ稀 なる勲功 を -
膚 受 の臣に害 はれ -
都をあとに
遠近 の -
雪に
彷徨 ひ関水 に -
うち
堰 かれつゝ陸奥 の -
埴 生 の宿に隠 れしが -
叔父 秀 衡 が亡 せし後 -
復 もや廻 る苧環 に -
非運の
憂 を繰返 し -
不信の
徒輩 泰衡 に -
背 かれ給ふぞ是非もなき -
時は文治五年
皐月 の半 -
こゝ
陸奥 は初夏 の -
日も
入相 の鐘の音 に -
やがて暮れ行く
衣川 -
義経
主従 の世を佗 ぶる -
高館 の館 には -
灯火 微 かにかき立てゝ -
集 ふは僅か十余人 -
外 の面 に戦 ぐ葛 の葉に -
在りし
往時 の面影を -
偲 びも敢 へで湿 やかに -
明日 を待つ身ぞ哀れなる -
寄 手 の大将長崎太夫輔 -
手 勢 を警 め木 の間より -
月の
出 前 の宵闇 に -
紛 れて寄する館 間近 -
十重 廿 重 に取巻きて -
どっと
鯨波 をぞ上げたりける - すわ事こそと弁慶が
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縁 に立出で見渡せば -
丘より河原に
打 続 く -
夜目 にも著 き旗指物 -
折しも昇る
十六夜 の - 月の光にひるがへる
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猶 予 ならじと一座の勇士 - 刀おっ取り立上るを
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義経
暫 しと押鎮 め -
無惨やな
武士 も -
非運の
主 に従ひて -
死ぬに
処 を失 ひぬ -
都わたりの
合 戦 に - 矢傷も負はぬ勇士等を
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名もなき
蝦夷 の夏草に -
屍 吸はさん不 憫 さよと -
土器 取りて次々に - 別れを惜ませ給ひけり
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かゝる
暇 にも敵兵共 -
内は
小 勢ぞ乗っ取れと -
喚 き叫んで押し寄する -
こは推参の
痴者 と - 弁慶を真先に
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片岡備後
伊 勢 増尾 -
鷲尾 杉目鈴木兄弟
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何 れ劣らぬ勇士の面々 -
我れから
籬 踏み躙 り -
塀 うち破りて馳せ出 れば -
その勢ひに
恐 ぢ怖 れ -
敵は
四 方に散乱す -
味方は
手練 の勇士にて -
而 も必死を期 したれば -
敵勢いかに
群 るとも -
見る目は野辺の青
薄 -
刈りたつ暇も
荒 鎌 の -
風に
靡 かん景色にて -
追詰 駆 詰 縦横無尽 -
茲 を先 途 と戦ひしが -
衆寡 敵せず相踵 ぎて - 討死せしこそ痛ましけれ
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流石 剛気の弁慶も -
数 箇 所 の深 傷 に力尽 き -
最早
戦 も是までと - 足踏みしめてやうやうに
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君の
御 前 に罷 り出 で -
薙刀 杖つき畏 みて -
今こそ御運の末と見
奉 る -
御 心静かに御生害 をと -
声も心も打ち
震 ひ - はらはらと落涙すれば
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義経も声を
潤 ませ給ひ -
五条の橋の
既往 より -
悲喜哀楽を
倶 にして -
影 の形 に添ふ如く - 離るゝ時はなかりしが
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臨終 の際 にも汝のみ -
長らへ
呉 れしぞ健 気 なる -
さはれ
夷 の雑兵輩 に -
我 が生害を見せんこと -
不覚
此上 あるべからず -
たとひ死ぬとも今
暫 し - 誓って敵を防げよと
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労 りながら宣 へば -
畏 りぬと頷 首 きつ - 庭先にこそ立ち出でしが
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其儘 にして立ち窘 み - 眠るが如く亡せにけり
- 義経はこのひまに
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妻 子 の終りを見届けつ -
三十二歳を一
期 として - 遂に御生害あらせ給ふ
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杉目の小太郎
之 を見て -
涙 と共に火を放てば -
忽 ち昇る紅 蓮 の火焔 -
樹々 の緑も焼け落ちて -
月も
茜 にそまるべし -
義 信 に猛 き秀衡が - 心づくしの結構も
- 哀れ灰とぞなりにける
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夏草や
武士 共が夢の跡 -
今も
既昔 の跡訪 へば -
樹 の間隠 れにほとゝぎす -
遠 寺 の鐘に久方の - 空も晴れ行く衣川
- 見果てぬ夢のみえがてに
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苔 生 す墓を弔 らはん - 苔生す墓を弔らはん
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1.-6.
月は昔と変わらぬが
変わり果てたる世の姿
高館に立つ松の枝
今は風のみ吹きわたる -
7.-13.
悲運の武将義経は
立派な手柄を立てながら
悪人に陥れられて
都を落ちて諸国をさまよい
昔なつかしみちのくの
平泉の地にたどり着く -
14.-18.
しかし頼みの秀衡が
死んでしまったその後は
再びかわるその運命
頼みにならぬ泰衡に
背かれたのは仕方がない -
19.-22.
時に文治五年五月
夏の日もはや夕暮れて
鐘の音ひびく衣川 -
23.-30.
義経主従はそのほとり
高館の館にわび住まい
この時ここに集まった
者はわずかに十数人
葛の葉そよぐ音を聞き
昔を思い出しながら
明日を待っているばかり -
31.-36.
寄手の大将長崎太郎
月の出ぬうち闇夜に乗じ
手勢率いて館を囲み
どおっと上げる鬨の声 -
37.-42.
「さあ敵が来た」と弁慶が
立って表を見渡せば
ちょうどその時のぼる月
川まで続く敵勢の
旗指物を照らし出す -
43.-54.
郎党たちは「今こそ」と
刀を取って立ちあがる
「待て」ととどめて義経は
「武士は名誉を尊ぶが
武運つたない主につくと
よい死に場所も得られない
都近くの合戦で
大活躍したおまえたち
こんな田舎にしかばねを
埋めさせるは気の毒」と
言って別れの杯を
一人一人と酌み交わす -
55.-66.
そうしているうち敵勢は
「中は手薄だ討ち取れ」と
おめき叫んで押し寄せる
「推参者め」と弁慶に
片岡・備後・伊勢・増尾
鷲尾・杉目・鈴木兄弟
いずれ劣らぬ勇士たち
籬踏み越え塀破り
こちらの方から打って出ると
その勢いにおそれなし
敵は四方に散ってゆく
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67.-76.
味方は勇士しかも必死
いくら攻め手が多くても
見渡す限りの青草を
鎌で刈るのと同じこと
右に左に縦横にと
力を奮い戦った
しかしながら多勢に無勢
郎党たちは次々と
枕を並べ死んでゆく -
77.-86.
さすが豪気の弁慶も
深手を負って力尽き
「もはやいくさはこれまで」と
薙刀を杖に足ふみしめ
義経の前に進み出る
「最期の時が来たようです
いざ尋常に御自害を」
ふるえる声に流れる涙 -
87.-99.
義経も声うるませて
「初めて会った五条橋
それからずっとそのほうは
うれしい時もつらい時も
いつも私のそばにいた
これから死のうという今も
そこにいるのはありがたい
蝦夷のやつらにわが自害
見られたのでは不面目
そなた死んでもあと少し
何とか敵を防げよ」と -
100.-103.
あつい言葉に弁慶は
「かしこまった」と頷いて
庭先に出て立ったまま
眠るように息絶えた -
104.-107.
そのすきをつき義経も
妻と子供をみちづれに
遂に自害をなしとげる
享年わずか三十二 -
108.-115.
杉目小太郎これを見て
涙ながらに火を放つ
紅蓮の火焔たちのぼり
樹々の緑も焼け落ちて
月まで赤く染まるほど
信義にあつい秀衡が
心を尽くした高館も
あとに残るは灰ばかり -
116.-123.
夏草やつわものどもが夢の跡
今その跡に来てみれば
ほととぎす鳴き鐘が鳴る
空も晴れゆく衣川
つわものの夢はもう見えぬ
せめて手向けをその墓に