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kumagai to atsumori

熊谷と敦盛

解説

寿永三(元暦元)年二月七日(西暦1184年3月20日)、摂津国一の谷(現兵庫県神戸市)およびその周辺の地域で源平両軍が戦い、源氏が勝利を収めた。この合戦中のできごとは『平家物語』に数多く描かれている。源氏方の武士熊谷直実(1141-1207)が平家の公達敦盛(1169-1184)を討ち取った物語もその1つで、そこでは我が子と年の変わらぬ敦盛を討った熊谷が世の無常を感じ、それが仏道を志す機縁となったとされている。『平家物語』以後はその影響を受け、謡曲『敦盛』・幸若舞曲『敦盛』・浄瑠璃『一谷嫩軍記』・唱歌「青葉の笛」など熊谷と敦盛を描いた作品が次々に作られた。なお『吾妻鏡』によれば、熊谷は建久三(1192)年に鎌倉で所領をめぐる訴訟に敗れてそのまま出奔しており、それが出家の直接の理由であったとされることもある。ともあれ出家した熊谷は蓮生と号し、上洛して法然(1133-1212)を師と仰ぎ、その後の生涯を信仰にささげた。

参考文献

横道萬里雄・表章校注『謡曲集 上』(日本古典文学大系) 岩波書店 1960
冨倉徳次郎『平家物語全注釈』 角川書店 1966~1968
長野甞一『平家物語の鑑賞と批評』 明治書院 1975
梶原正昭・山下宏明校注『平家物語』(新日本古典文学大系) 岩波書店 1991~1993
市古貞次ほか校注『源平盛衰記』(中世の文学) 三弥井書店 1991~
梶原正昭『古典講読シリーズ 平家物語』(岩波セミナーブックス) 岩波書店 1992
市古貞次校注『平家物語2』(新編日本古典文学全集) 小学館 1994
佐谷眞木人『平家物語から浄瑠璃へ』 慶応義塾大学出版会 2002
大橋俊雄校注『法然上人絵伝』(岩波文庫) 岩波書店 2002
佐伯真一『物語の舞台を歩く 平家物語』 山川出版社 2005
福田豊彦・関幸彦編『源平合戦事典』 吉川弘文館 2006
大津雄一ほか編『平家物語大事典』 東京書籍 2010
高橋修『熊谷直実』(歴史文化ライブラリー) 吉川弘文館 2014

あらすじ

熊谷次郎直実は、一の谷の合戦で手柄を立てようと、味方にさきがけて須磨ノ浦に着いた。元暦元年の如月六日の夜、静まりかえった浜辺に出ると、どこからか笛の音が聞こえてきた。哀れを誘うその音色に、直実は、最期のときにも風雅な心を忘れぬ平家のゆかしさを感じていた。そのうち夜が明けて、再び戦が始まった。激しい戦いののち、平家は海のかなたへと撤退していった。一人の武者が遅れて浜辺へ向かうのを直実は見とがめ、声をかけた。武者は馬を立て直し、直実に斬りかかった。そのうち刀も捨てて取っ組み合いになり、双方、馬から落ちた。直実は武者を組み伏せ、いよいよ首を斬ろうと顔を見ると、なんと息子と同じぐらいの若武者であった。こんな若者を殺したとて何になろうと、一旦は逃そうとしたその折、味方が勝どきを挙げて、近づいてくるのを目にした。これでは敵を逃したと疑われる。涙をのんで首を討った。あとで直垂を開いてみれば懐から青葉の笛が現れ敦盛だと知った。ゆうべ聞いた笛の音の主は敦盛だったのか。それとは知らずに刀にかけた不覚を嘆き悲しんだ直実は浮世の無常を感じて出家し、生涯を敦盛の供養に捧げたのである。

『一の谷合戦図屏風』より「呼び止める熊谷直実」(作者不明)

  • 詞章
  • 現代語訳
  1. 武夫 もののふ
  2. てん ぺん かん ずれば
  3. まぼろし の如くにて
  4. 夢よりも尚 はか なけれ
  5. サテ 熊谷 くまがい ノ次郎 なお ざね
  6. 一の谷の かっ 戦に
  7. 天晴 あっぱれ がら 立てんずと
  8. 味方の せい さきが けて
  9. 我が子小次郎直家と
  10. ほか に郎党一
  11. 駒を はや めて唯三騎
  12. 須磨の浦にぞ着きにける
  13. 頃は 元暦 げんりゃく 元年 如月 きさらぎ
  14. 春まだ浅き 六日 むいか
  15. 月更け渡る城の内
  16. たて しとね に平家方
  17. せき として声もなく
  18. キコ ゆるものは夜もすがら
  19. 磯打つ浪の おと ばかり
  20. 直実駒を静々と
  21. なぎさ かた へ歩ませて
  22. シバ やす らふ折しもあれ
  23. ハルカ に城の 彼方 かなた より
  24. が吹く笛か 呉竹 くれたけ
  25. ふし いと たえ に聞ゆなり
  26. 玲瓏 れいろう 高く ゆる
  27. 月に 鹿 じか の啼く声か
  28. そら を渡る かり がねか
  29. 磯馴松 イソナレマツ の風に和し
  30. 哀れを誘ふ 調 しら べなり
  31. 直実耳をそば立てゝ
  32. こう ぜん としてゐたりしが
  33. さても平家の人々は
  34. 明日 あす をも知れぬ いのち をば
  35. みやび ごころ ふえ たけ
  36. 吹き澄ましたる ゆか しさよと
  37. いたく感にぞうたれける
  38. かゝりし ひま に月影も
  39. 西山 にしやま かたむ きて
  40. はほのぼのと 明石潟 アカシガタ
  41. 沖の浪間の 漁火 いさりび
  42. いつしか消えて朝風に
  43. 赤旗 白旗 しらはた 入り乱れ
  44. 源平互に とき を揚げ
  45. こゝを セン と戦ひしが
  46. 遂に平家は打敗れ
  47. 海を ハルカ 退 しりぞ きける
  48. 去程 サルホド に無官ノ太夫 敦盛 アツモリ
  49. 萌黄縅 もえぎおどし よろい 着て
  50. れん ぜん あし の駒に乗り
  51. 御供 オントモ つこ ふ者もなく
  52. 味方に遅れ唯一騎
  53. 沖なる船へと こゝろざ
  54. 落ち行き給ふ トコロ をば
  55. 直実遥に コレ を見て
  56. 軍扇あげて 差招 サシマネ
  57. 如何 イカ に平家の おん 大将
  58. ふね は遠く へだ たれり
  59. よも のが れさせ給ふまじ
  60. 返させ給へ直実が
  61. 見参 けんざん せんと呼はったり
  62. 弓矢の道の習ひとて
  1. 敵が呼ぶ声聞きながら
  2. たとへ落延びたらばとて
  3. 武門の はじ と敦盛は
  4. ニワ に駒を立て直し
  5. 直実目がけて りかゝる
  6. シバ しのぎ けづ りしが
  7. 打物 ウチモノ すてゝ 無手 むんづ と組み
  8. 浪うち ぎわ にどうと落つ
  9. 上を下へと返せしが
  10. 豪勇無双の直実は
  11. 難なく敦盛を組み敷きて
  12. くび かんと うかゞ へば
  13. 年は ハチ 稚児 ちご
  14. ほころ めし かんばせ
  15. 鬼をも ひし ぐ直実も
  16. せがれ 小次郎 直家 ナオイエ
  17. 思ひ くら べて気も ゆる
  18. 同じ とし の若武者を
  19. 討って がら も何かせん
  20. く疾く オト し申さんと
  21. いだ き起こして ねんご ろに
  22. 砂打はらひ マイ らする
  23. 折しもあれやとうとうと
  24. 早引揚げの陣太鼓
  25. 磯山松にこだまして
  26. 勝鬨 カチドキ あがる 彼方 かなた より
  27. 土井梶原の五十余騎
  28. くつわ 並べて きた
  29. 直実胸を おど らせて
  30. あゝ天なる カナ めい なる哉
  31. 如何 イカ にもして落し申さんと
  32. 心砕きし 甲斐 カイ もなや
  33. の君助けまつりなば
  34. しん いだ くと うたが はれん
  35. 御痛 おんいた はしう候へど
  36. 御首頂戴 みしるしちをだい 仕り
  37. 後生 ごしょう とむら ひ申さんと
  38. 思ひ切ったる と太刀に
  39. つぼみ の花を散らしけり
  40. 玉の緒 えし 亡骸 なきがら
  41. よろい 直垂 ひたゝれ き見れば
  42. 錦の ふくろ に包まれし
  43. 青葉の フエ ぞ差されたり
  44. なを ざね ハッと驚きて
  45. さては昨夜 嚠喨 りうりょう
  46. 調 しら たえ なる笛の
  47. 此の きん だち にておはせしか
  48. それとは知らで直実が
  49. やいば にかけし かく さよと
  50. せき る涙とゞめ得ず
  51. たん にこそは暮れにけれ
  52. 矢竹心 ヤタケゴコロ 武夫 もののふ
  53. うき の無常を かん じけん
  54. 弓矢も太刀も物の具も
  55. てゝ よう ごろも
  56. 名も 蓮生 れんしょう あらた めて
  57. 寂光 じゃくこう 浄土 じょうど 黒谷 くろたに
  58. ほう 念坊 ねんぼう こも
  59. あつ もり 後生 ごしょう とむら ひし
  60. 心の内こそ哀れなれ
  61. 心の内こそ哀れなれ
  • 1.-4.

    侍として生きる身の
    移り変わりの激しさは
    夢まぼろしのようなもの
    むしろ夢よりなおはかない

  • 5.-12.

    熊谷次郎直実は
    一の谷の合戦で
    見事手柄を立てようと
    味方の軍勢出し抜いて
    我が子小次郎直家と
    郎党一人あわせて三人
    馬を急がせ須磨の浦

  • 13.-19.

    時に元暦元年二月
    春まだ浅い六日の夜更け
    平家の陣では侍たちが
    楯を寝床にぐっすり眠り
    ひそまりかえって音もない
    聞こえるものは一晩中
    打ち寄せてくる波ばかり

  • 20.-30.

    熊谷は馬を静かに
    渚の方に進めてから
    暫らく休むその時に
    はるか平家の陣地から
    誰が吹くのか笛の音
    とてもみごとで美しい
    澄んだ音色がさえわたる
    月に向かって鳴く鹿か
    そうでなければ渡る雁
    磯の松に吹き寄せる
    風の音にも響きあい
    哀れを誘う音だった

  • 31.-37.

    直実耳を傾けて
    うっとりとして聞きながら
    「さてさて平家の人々は
    明日をも知らぬ戦場で
    雅びの心を笛の音に
    吹きこめるとは奥ゆかしい」と
    心に深く感じ入る

  • 38.-47.

    しばらくすると月の影
    西の山に入りかけ
    夜はほのぼのと明けてゆく
    沖の波間の漁火も
    いつしか消えて朝の風
    赤旗白旗入り乱れ
    源平互いにときの声
    ここが勝負の瀬戸際と
    両軍必死に戦って
    遂に平家はうち敗れ
    沖のかなたに退いた

  • 48.-54.

    ところが無官大夫敦盛
    黄緑色の鎧をつけて
    連銭葦毛の馬に乗り
    そばにつかえる供もなく
    味方に遅れただ一人
    沖に浮かんだ船を目指し
    落ちのびようとしたところ

  • 55.-61.

    直実がそれを見つけ
    扇を上げて差し招き
    「そこの平家の御大将
    船はもうはるかかなた
    逃げることはできますまい
    お戻り下さい直実が
    お相手します」と声かけた

  • 62.-67.

    弓矢を持った武士として
    敵の呼ぶ声聞きながら
    逃げてゆくのは恥ずかしいと
    敦盛は馬を戻し
    直実目がけて斬りかかる

  • 68.-74.

    二人は激しく戦って
    刀を捨ててむずと組み
    波うち際にどっと落ち
    上になりまた下になる
    だが熊谷は剛の者
    難なく敦盛組み伏せて
    首を切ろうとしてみたら

  • 75.-84.

    年は十六その顔は
    咲きかけている桜のよう
    鬼より強い直実も
    我が子小次郎直家と
    比べてしまい気も弱り
    息子と同じ年頃の
    若い者を討ってまで
    手柄を立ててもしかたがない
    逃がしてやってもよかろうと

  • 85.-90.

    抱き起こしてうやうやしく
    砂を払ったその時に
    引き揚げ告げる陣太鼓
    磯にとうとう鳴り響き
    松の林にこだまする
    勝ちどきあげて味方の武士
    土肥に梶原五十余騎
    馬を並べてやって来た

  • 91.-101.

    直実は胸が鳴り
    「ああこれも運命か
    何とか逃がしてあげようと
    心をくだいた甲斐もない
    この人お助けしたならば
    裏切り者と思われる
    お痛わしくはありますが
    首をいただきそのかわり
    御冥福を祈ります」と
    思い切って刀を振るう
    つぼみの花は散ってしまった

  • 102.-105.

    命の糸が切れたなきがら
    直垂を脱がしてみると
    錦の袋に包まれた
    青葉の笛が差してある

  • 106.-113.

    直実はっと驚いて
    「さては夕べ聞こえてきた
    美しい音色の笛は
    この若者が吹いていたのか
    そうとは知らずに直実が
    刀にかけたのは残念だ」と
    あふれる涙が止まらない
    嘆き悲しんでいるばかり

  • 114.-123.

    心の強い侍も
    世のはかなさを感じたか
    弓矢も太刀もみな捨てて
    蓮のころもを身にまとい
    名も蓮生と改めて
    浄土を求め黒谷の
    法然のもとで修行を積み
    敦盛の菩提を弔った
    心の内はあわれである

注釈

2. 有為転変を観ずれば…世の中の移り変わりがはげしいことをよく考え悟るならば。5. 熊谷次郎直実…武蔵国熊谷(現埼玉県熊谷市)の住人。源氏方の武士として一の谷の合戦に出陣した。6. 一の谷…「一谷」「一ノ谷」とも。現神戸市須磨付近の谷の名。この時の合戦を一般に「一の谷の合戦」と呼ぶが、実際の戦場は生田を含む広範な地域であった。12. 須磨の浦…現神戸市須磨区の海岸。13. 元暦元年…西暦1184年。16. 楯を褥に…楯の上に寝て。24. 呉竹の…「節」にかかる枕詞。26. 玲瓏…澄んだ音が響きわたるさま。29. 磯馴松…強い風のために枝や幹が地を這っている松。31. そば立てゝ…傾けて。32. 恍然…うっとりするさま。40. ほのぼのと明石潟…「夜を明かす」と「明石」の懸詞。41. 漁火…漁師が沖に出て漁をするためにともす火。43. 赤旗白旗…赤旗は平家方の旗。白旗は源氏方の旗。45. こゝを先途と…懸命に戦うさま。48,1. 無官ノ太夫…位階は五位だが官職のない者。「大夫(たいふ/たゆう)」は五位の通称。48,2. 敦盛…平敦盛。平清盛の弟経盛の子。49. 萌黄縅…黄緑色の鎧。50. 連銭葦毛…馬の毛色。「葦毛」は白地に青や黒の毛が混じったもので、そこに銭の形をした白いまだら模様があるものを言う。60. 返させ給へ…戻ってきなさい。61. 見参…本来は対面することだが、ここでは戦場で直接戦う意。62. 弓矢の道…武士としてあるべき道。66. 矢庭に…すぐにその場で。68. 鎬を削り…刀を持って激しく切り合うさま。69. 打物…刀や薙刀などの総称。75. 二八…十六歳。この時の敦盛は、覚一本『平家物語』では十七歳とされているが、『源平盛衰記』などの読み本系諸本では十六歳とされている。77. 拉ぐ…押しつぶす。87. 磯山松…磯の山に生えている松。89. 土井梶原…土肥実平と梶原景時。ともに源氏方の武士。90. 轡並べて…馬を並べて。「轡」は馬の口に取り付ける馬具。96. 二心…味方と敵の両方に心を寄せること。味方を裏切る心。98. 御首…首級。99. 後生弔ひ…死者が極楽往生できるよう祈り。102. 玉の緒絶えし…死ぬことを糸が切れることに例えた表現。103. 鎧直垂…鎧の下に着る衣服。105. 青葉の笛…この時敦盛が所持していた笛の名は、『平家物語』では「小枝」であるが、謡曲『敦盛』などでは「青葉」とされている。107. 嚠喨…楽器の音が明るく響くさま。114. 矢竹心…強く猛々しい心。116. 物の具…武具。117. 荷葉の三つ衣…「荷葉」は蓮の葉。「三衣」は僧の着る三種類の袈裟。118. 蓮生…熊谷直実の出家後の法名。119,1. 寂光浄土…仏の住む清らかな世界。119,2. 黒谷…元は比叡山西塔の谷の一つ。法然がここに青竜寺を開き、「黒谷の上人」あるいは「黒谷の法然房」と呼ばれた。法然は後に京都東山(現京都市左京区黒谷町)に移ったため、現在その地にある金戒光明寺も黒谷と呼ばれる。120. 法念坊…法然。浄土宗の開祖。出家した熊谷直実は法然に入門した。

須磨寺 源平の庭(源平合戦ゆかりの寺)

音楽ノート

『熊谷と敦盛』は琵琶奏者が好んで演奏する曲の一つであることは間違いない。物語の筋はよく知られており、物語の主題である紅顔の若武者の死はいつの時代も人の心を動かすものである。
しかし、本曲が人を惹きつけるのは筋書きだけではない。詞章が細やかな描写に富んでおり、朗詠にふさわしいのである。また、語り手あるいは奏者がさまざまな表現法を駆使してその技を披露できる箇所が随所にあり、いかにして演奏を磨き上げるかが腕の見せ所ともなっている。
ここでは作曲上の特徴である三つの合いの手とその象徴的意味を取り上げておこう。直実が先陣を切るため平家の陣に近づいて笛の音を聞く場面は『平家物語』にはなく、敦盛を討ちとった後で語る直実の独白に基づいて『源平盛衰記』において増補されたものである。しかしここは音楽的に重要な主題であり、曲の展開のカギとなるところである。直実は遠くに笛の音を聞いて、平家のつわものたちはいつ死ぬかわからぬ身ながらも、あのような美しい音楽を奏でられるのかと、深く心を打たれる。
この笛の音は25行目のあとで、「玉椿」と呼ばれる合いの手で表される。これは合いの手の中で最も優雅なもので魅力的な清らかな響きを持つが、椿の枯れていく様子も表現している。椿の花が枯れるさまは、桜のように花びらが一枚一枚散っていくのではなく、花首からぽとりと一度に落ちるため、斬首を連想させる。それゆえ不吉な花として長く武士の家の庭に植えられることはなかった。このような理由で「椿」の合いの手は若武者の死を暗示していると考えられる。

『一の谷合戦図屏風』より「波際を敗走する平敦盛」(作者不明)

その3行あと、空を渡る雁の鳴き声に似た笛の音が曲のなかの最高音で再現されるが、それには「白蓮」という合いの手が用いられる。この合いの手には他のどの合いの手にも見られない音楽的特徴がある。左手の指で弦を押さえる力を加減して音程をゆっくりと上げたり下げたりしながら、撥を使った早いトレモロで弾くのである。この技法を上手に用いると非常に表情豊かになり、この世のものとは思えない雰囲気が高まってくる。しかし、ここにも象徴的な意味がある。というのは、蓮は清らかさを表すものだからである。蓮の花は現世の汚辱を象徴する泥の中から池の水面に頭をもたげて花開くが、その美しさは汚辱の世にも清らかに生きた釈迦にたとえられる。そこから、この合いの手は敦盛の魂が仏に変身したことを表していると考えることができよう。
同様に、直実が意味もなく人の命を奪ったことに涙する場面のあと、113行目から挿入される合いの手も武士の運命を物語っている。この合いの手は「水仙」と呼ばれるが、早春の寒さをものともせず咲くその強靭さと混じりけのない白という色に象徴的意味があるのである。しかもなお水仙は手では折れず、刃物でしか切ったり折ったりすることができない。このような細かいところにも、武士と刀との関係が表されているように思う。